上京してはじめて暮らしたアパートの名前は、「カサブランカ」といった。
「あなたの部屋はイングリッド・バーグマンの部屋ね。」
大家さんから鍵を手渡され、茶目っ気たっぷりにウィンクされた瞬間、胸にこみ上げてきた、あの嬉しさをふと思い出した。
これからはじまる東京での暮らしが、
急に色目きだち、すぐさま映画「カサブランカ」を借りに走ったのだ。
アパートで1人、バーグマンの美しさに魅入りながら、東京で最初に学んだのは、さよならの美学だった。
美しい別れ。
いつか訪れ写真におさめた、バーグマンの名のついたバラの花を眺めながら、一等美しい別れを想った。
麻佑子
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