7月9日【3】

夫が手術室へ入ってくると、平然と私の右頭上のあたりに促されるまま座りました。なんかもっとひるんだりびびったりすると思ったのに、おもしろくない。座って割とすぐ、そろそろ出て来るから携帯で撮ってもいいですよー、とのこと。おー、帝王切開の現場を携帯で撮影できるのか!と驚きながらも、自分の内臓は映りませんように、と願いました。まあ、映りませんよね、普通。

そんなことを思っていると、「ちょっとおなか押しますよー」と言われました。お、いよいよか、とずっと私の左側にいて手を握ってくれていた看護師さんの手をさらにぎゅっと握る。本当におなかを押されている感覚。痛みは感じないのに、押される感覚はあるだなんて不思議だなぁなんて呑気に考えていると、「あ、おっきそう」の声。「え、ずっと小柄って言われていたのにw」「うーん、小さくはなさそうよーw」という会話を交わしておりました。こんな風に談笑しながら時間を過ごすなんて、自然分娩ではありえない光景。産む直前に笑ってしゃべってるなんて想定外も甚だしい。そして、さらにぐっとおなかを押されると、「はーい、出てきましたー」。ついに、赤子が外界に出てきた!!このとき思ったのは、早く泣け、早く泣け、ということのみ。随分前に破水しているし、首にへその緒がからまっていると最後の健診のときに言われたし、陣痛の間隔は開くばかりで心拍も下がると言われたし、ちゃんと元気に出てきてくれるのか、いや、もっと正直に言うと、ちゃんと生きて出てきてくれるのか、不安で不安でたまらなかったのです。だから、泣くまで安心できない。時間にして3秒もないくらい、体感ではもっと長く感じたけれど、泣き声が聞こえました。良かった、泣いた。生きてる。生きて出てきくれた。

仰向けに寝ているため赤子がよく見えないでいると、助産師さんがすぐに顔の横に連れてきてくれました。自分で抱っこすることは叶わないけれど、約十ヶ月、この身体で一緒に過ごした子にやっと会えた一番の感想は、「む、むらさきっ!!」。今までテレビとかで見てきた生まれたての赤ちゃんって、赤いイメージだったのですが、初めて目にした我が子は想像よりもはるかに大きくてむらさきで。それでも、やっと、やっと、やっと会えたと思うとやっぱり涙が出て来る。無事に生まれてきてくれて本当によかった。促進剤でしんどい思いをさせてしまったけど、ちゃんと出てきてくれて、泣いてくれて。こんなに大きい子が私のおなかに入っていたのか。そして、こんなに大きい子が私のおなかから出てきたのか。出産ってすごいなぁ。分裂するアメーバを思い浮かべながら、おなかの中にいたときだって他者だったけれど、外に出てきて本当に本当に他者になってしまって、改めて、人間を一人この世に生み出したことに対する責任感みたいなものが押し寄せてきました。

なんだかんだで、首に巻いていると言われたへその緒は、首だけでなく身体にも巻き付いていたらしく、そりゃあ出てこれないよね、という感じだったようです。まぁ、私の身体に対して赤ちゃんが大きかったこともあるし、諸々が重なってこういう顛末になった模様。

赤ちゃんは、身体を拭いたり体重を測ったりするためにすぐに私の目の前からいなくなってしまいました。三日間陣痛に耐えたにもかかわらず、結局30分足らずの手術時間で出てきたことに釈然としない気持ちもありつつ、それでもやっとお産が終わったこと、やっと会えたことに感謝の気持ちしかありませんでした。

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