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俳句集 『under the same moon: Fourth Australian Haiku Anthology』

お盆休み中、リン・リーブス、ヴァネッサ・プロクター、ロブ・スコット編、俳句集『under the same moon: Fourth Australian Haiku Anthology』(2023年 Forty South Publishing Pty Ltd 出版)を読む機会があった。
(『同じ月の下で:第4回オーストラリア俳句集』)

以前にロブ・スコット氏が、シンポジュウムで「オーストラリアの俳句は今、エキサイティングな時期を迎えている」と語っているのを聞いたことがある。特に、スコット氏の季語の代わりにオーストラリアの俳人たちによって開発されているオーストラリアのキーワードについての説明に興味を持ち、もっと知りたいと思った。

日本の季語の代わりにオーストラリア特有のキーワードを使うことは理にかなっている。歳時記には日本やその周辺地域にしか存在しない生き物、例えば、日本固有のキジ、「山鳥」や、外国に似たような風習はあれども、「お盆」のように日本の行事や言及がたくさん載っている。それに輪を掛け、日本は北半球に位置しており、7月を意味する「七月」は夏の季語なのに比べ、南半球に位置するオーストラリアでは7月は真冬。

それにしても、オーストラリアのキーワード開発は考慮すべき要因が多すぎるように思われる。オーストラリアは広い大陸。砂漠あり、熱帯地あり、海辺あり、気候の差もさまざまである。オーストラリアには250以上の先住民の言語があり、その言語は6万年以上にわたってオーストラリアの環境と深い繋がりを培っている。一方、オーストラリアの公用語は英語であり、支配文化であるイギリス文化は、その環境と300年足らずの歴史しかない。
そして、人口の3分の1が海外生まれ。現在オーストラリアで最大の移民は、もはやイギリス人ではなく、インド、中華人民共和国、フィリピンからの移民であることなど、エスニシティーからしても多文化社会の見本のような国である。

そんなことを思いながら読んだ『under the same moon: Fourth Australian Haiku Anthology』には、思ったより多くのオーストラリアのキーワードが含まれていた。40年近くオーストラリアに住んでいたためか、これらのキーワードに共鳴できたし、心地よく、ある種の帰属意識を与えてくれた。 現在、自分が長く住んでいたオーストラリアを離れ、生まれ故郷の日本に住んでいるからこそそのように感じるのかもしれないが、自分自身への驚きでもあった。

特に気に入ったのが、ゴースト、レモン・セント、アンゴフォラといったユーカリの木の種類が詠まれている句。他にも、ガラ、カラウォング、ボゴング蛾といったオーストラリアの生き物、そして、ツリーチェンジやアウトバックといったオーストラリア特有のモチーフ。干ばつ、洪水、山火事などのは、オーストラリアに限られたことではないが、オーストラリアでの暮らしに影響を及ぼす自然災害や異常気象を特徴づけている。

『under the same moon』には、グレニス・ファーガソンのsend off (見送り)の句のように、オーストラリアのネイティブ植物や言い回しを使用した俳句が多い:

bush send off
banksias and bottlebrush
for this bloke’s casket
 
田舎の見送り
バンクシアとボトルブラシ
この男の棺に

poet Glenys Ferguson
from 'under the same moon' trans. Mayu Kanamori 


「男」と訳した「bloke」が果たしてオーストラリアの言葉かどうかは議論の余地があるが、イギリス、アイルランド、南アフリカ、ニュージーランドなど、他にblokeという言葉が使われる国に住んだ経験がない自分にとって「bloke」はオーストラリア独特の言葉だ言える。もちろん、バンクシアとボトルブラッシュは間違いなくオーストラリア原産の植物である。

オーストラリアのキーワードが含まれない俳句も他にたくさんある
例えば、フィオナ・H・エヴァンスの砂漠の野花についての句は、オーストラリア、特に西オーストラリア固有の植物や気象が特に触れていなくても、季節雨が上がると同時に、野花が一斉に先始まる西オーストラリアの砂漠を思い出す:

desert rainstorm
a flood of
wildflowers
 
砂漠の雨嵐
ワイルドフラワーの
洪水

poet Fiona H. Evans
from 'under the same moon' trans. Mayu Kanamori


その他にも、例えば、チェリーブロッサム(桜)は日本の春の季語であり、オーストラリアのネイティブ植物ではないが、輸入植物として定着している。ニュー・サウス・ウェールズ州のヤングにはサクランボの産地であり、春に桜の花が農園を飾る。近くのカウラには、第二次世界大戦中に日本軍捕虜が集団で脱出した悲惨な事件「カウラ脱走事件」で亡くなられた方たちの慰霊、またその後の日豪の和解のシンボルとして、桜並木が植えられている。

キャサリン・ギャラガーの桜の俳句は、日本の桜を詠む詩人たちと同じような感性で書かれている:

cherry blossoms
falling on my hair –
the lightest rain

髪に散る
かぎりなく軽い小雨

poet Katherine Gallagher
from 'under the same moon' trans. Mayu Kanamori

日本人墓地がある西オーストラリアのブルームでは、100年以上前から8月の満月には墓地でお盆の行事が行われている。明治時代から沢山の日本人がブルームの真珠貝産業で働くために出稼ぎに出ている。そのような歴史から、ブルームに住むオーストラリア先住民の多くは日本人の先祖に持つ。もし彼らが次回のオーストラリアの俳句集に寄稿したら、「お盆」はオーストラリアのキーワードになるかもしれない。あり得るだろうか?

この句集の中にある俳人のタカノリ・ハヤカワの3つの句のうちの一句は広島を題材にしている。

Hiroshima memorial -
thousands of paper cranes
pierced by strings
 
広島忌
千羽鶴
胴突き抜かれ

poet Takanori Hayakawa
from 'under the same moon'


 
「広島忌」は日本の季語だが、俳人が日本名だからといって、日本の広島の慰霊碑におかれた千羽鶴について詠まれたものだと考えるのはおこがましいかもしれない。オーストラリアでも毎年8月6日に「ヒロシマ・デー」が制定され、平和行進や集会が行われる。子供たちが平和のために千羽鶴を折るオーストラリアの小学校も多い。しかし、どこで詠まれたとしても、この句の意味合いは変わらない。

ハヤカワ氏の3つの句は、日本語と英語の2ヶ国語で詠まれた唯一の作品である。ハヤカワ氏が日本語で俳句を詠み、それを英訳したのかどうかはわからないが、仮に最初に英語で詠んでいたとしても、この二ヶ国語表記は、オーストラリアの俳句の将来に興味深い可能性を示唆している。特に先住民族の俳人たちが、自らの伝統的な言語による俳句を詠むことになれば、俳句のキーワードに留まらず、入植者の季節認識を深め、オーストラリア文化全体に大きな影響が与えられるのではないかと思う。

ちなみに先住民の季節感は入植者とは違う。西オーストラリアのブルームのヤウル族には年間四季ではなく、六季ある。シドニーなどの都会では相次ぐ移民の入植後、川の汚染が進み、先住民長老たちの記憶に残る季節を語る魚たちは消えてしまったが、その語り継がれる記憶はキーワードとして生き延びるだろうか。

祖先の霊があの世からこの世に戻ってくるお盆はオーストラリアのクリスマスと同じように、元々はそれぞれの原始宗教とその後の宗教観念が重なり、今にあると思われる。日本のお盆もオースストラリアのクリスマスも、多くの人が実家に戻り、家族とときを過ごす共通点がある。オーストラリアの俳句を読みながら、そのような違いや共通点を見つけることが嬉しかった。

オリビア・アークのイラストと入りの『under the same moon』はカバーの紙質も絹のような肌触りで、本として、美しい。106人の俳人の句が掲載されている中、そのタイトル『under the same moon』(『同じ月の下で』)が象徴するように、自分が最も心を揺さぶられた句は世界のどこで詠まれていても不思議ではないものだった。モーリス・ネヴィルの4句:

      at home
      at the hospice
      first daffodils

      家で
      ホスピスで
      最初の水仙

  early bulbs
  such vibrant colours
  she left us

  初期の球根
  なんと鮮やかな色
  彼女は去った

     two years on
     sometimes still reaching
     for two plates

     あれから2年
     時にはまだ手にとる
     2枚の皿


the effort
to be light –
butterfly

その努力は
軽くなるために

poet Maurice Neville
from 'under the same moon' trans. Mayu Kanamori


それはオーストラリアらしさ、日本らしさの有無にかかわらず、最終的に感動するのは、私たちが共有する人間性だからではないかと思う。

under the same moon: Fourth Australian Haiku Anthology edited by Lyn Reeves, Vanessa Proctor, Rob Scott, cover design and illustrations by Olivia Ark, published by Forty South Publishing Pty Ltd, 2023

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『under the same moon: Fourth Australian Haiku Anthology』 はこちらから

ロブ・スコット氏のシンポジュウムでのお話はこちらから

お詫び・一生懸命書きましたが、日本語が苦手です。私の翻訳で俳人の方達に大変な失礼をしているかと思います。読者の方で、より適切な訳がございましたら、是非ご提案ください。私の文章も、どうぞ遠慮なく、赤ペンを入れてくださいませ。実はこの文章は英語で書き、それを翻訳し、日本語読者用に書き直したものです。





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