旅のハプニングは人生のスパイス
「ああっ、なんて美しいの!」
全細胞がシュワ~と音を立たてて弾けるような感覚、感動の渦に包まれていた。爽やかな風を頬に感じながら、美しい海とその光景に、心を奪われていた。
そこは、南仏コートダジュール、ニースとモナコのちょうど真ん中にある小さな町だった。8月の夏の日、南フランスを一人訪れていたのだ。
会社員だった私にとって、非日常の世界が体験できる海外旅行は、元気エネルギーを充電できる、最高のリフレッシュ方法であった。
同じ年の5月、自分の誕生日を祝うため、一人で初めてフランスを訪れたばかりだった。パリとフレンチ・アルプスのモンブランへ。
パリの街とモンブランの山々の美しさに魅了されてしまった。
今度はどんな体験ができるのか? ひとり夏休み~楽しみにしていたのだ。
「トラベル」と「トラブル」
カタカナ英語では、響きも似ている。違いは一文字だけ。
一文字の違いが大きな違いになるが……。
旅は楽しいもので、自分にトラブルなどハプニングが起こることなど考えない。ワクワクな未知への期待でいっぱいだからだ。
いざ、出発!
長時間のフライト後、パリのシャルルドゴール空港に到着。預けた荷物が出てくるのを待っていた。
静寂が広がる真夜中の空港。誰もいなくなり、そこにいたのは私だけだった。
「え!? まさか? ない?」
私のスーツケースは出てこなかった。何度も海外旅行をして、一度もそんなことはなかった。それが、その旅を物語るサインだったのかもしれない……。
二度目のフランス旅は、南仏行きを何よりも楽しみにしていた。
昔流行った「南仏プロバンスの12カ月」という本に影響され、本で紹介されていた場所を訪ねてみたかった。眩しいほどの太陽と色鮮やかな風景、心で思い描いたところへ実際に足を運んでみたかったのだ。
パリからTGV(新幹線)で3時間。地中海沿いを走り、美しすぎる南仏のエメラルドグリーンのコートダジュールを車窓から眺める。
心躍り、興奮気味。海を眺めているだけで、心が透き通るように洗われていくのを感じた。夢の中のようだった……。
初めての場所、見るもの全てが新鮮、旅の醍醐味だ。
小さな港町を散策中、お土産物屋でハプニングが起きた。
買物の支払い時に、自分のカードが使えなかったのだ。
きっとその店だからダメだったに違いないと、他の店でも試した。やはり使えなかった。
あっちもこっちも使えない……。
なぜだかわからないが、私のカードが使えなかった。
手持ちのカードは一枚だけ。知り合いもいない土地で一人旅。絶望的な気持ちになった。
「どうしよう?」
頭から血の気が引くのを感じた。
現金を持ち歩くのは、安全ではないと、現金はあまり用意しなかった。カードが使えないとなると大ピンチ! 翌日、カード会社に電話するも、結局、旅の間カードの問題は解決しなかったのだ。
「どうしよう……」から、「何とかしなければ!」へと変わった。
まず、ホテル代が払えないかも……、焦りが襲ってきた。
こっそりと逃げる? どう考えても、まともな考えではなかった。
大道芸人として、ストリート・パフォーマンスする?
いやいや、芸が無い。こんなことなら、何か役立つ一芸でも磨いておけばよかった! と真剣に悔やんだ。
南仏の美しいコートダジュールの海が、急に陰鬱な灰色に見え始めたのは、私の心がそこへ投影されていたからなのかもしれない。
しかし、人間は窮地に立たされると、必死でアイデアを絞り出そうとする。
頭の中はフル回転していた。
助けてもらえそうなところへ、あちこち電話をかけた。言葉が云々と言って恥じている場合ではなかった。いつもの自分では考えられない勢いで行動していた。
結局、助けは得られなかったが……。
まるで、ボーと夢見心地にいたのが、ハッ! と目覚めて、遅刻する~! と猛スピードで行動する感覚に似ていた。
予定変更、憧れだったプロバンス地方へはお金がなくて行けなくなってしまった。列車のユーレルパスは日本にいる時に購入していたので、パリへは戻れる。
翌日パリに戻ることに決めた。ホテルへは、どうなるかはわからないけれど、事情を話してみよう……。そうするしかなかった。
荷物整理、出したり、入れたり、何度も何度も同じことを繰り返していた。落ち着かない気持ちを、紛らわそうとしていたのだ。
その瞬間、ぽろり~、ベッドの上に転がったものが目に入った。
「え? ナニコレ?」
「お金じゃない!?」
現金のお札が丸まった状態で、出てきたのだ。
荷物の中、何度も確認したよね? どうして今? 不思議でならなかった。
そんなことよりも、これで、ここのホテル代が払える!?
緊張していた体の力がスーっと抜け、安堵感でほっとした。
そして、パリに戻った。
前に泊まった宿に電話をして、さらにまた格安料金で泊めてもらえることになった。
しかし、宿泊代を払ったらお金がほとんど残らなかった。
そこから、憧れのパリで、静かなサバイバルの旅が始まった。
空のペットボトルに水道水を入れて飲み水を確保。近くのスーパーへ行き、そこで一番安く買えるポテチを一袋買った。それだけしか買う余裕がなかった。それから数日間は、水だけで過ごした。まさかパリで、断食体験となるとは、思ってもみなかった。
歩き回ると、体力を消耗する。異国の地で倒れては大変だと思い、美しい公園で残りの5日間を過ごすことに決めた。
遊んでいる人、歩いている人、寛いでいる人を眺める。
空想、妄想……、時々ため息。
本当は、パリのおしゃれなカフェで、カフェオレなどを飲みながら道行く人を観ながら楽しみたかった。
しかし、仕方がない。現実を受け入れるしか方法がないのだから。その状況で出来る最大の楽しみ方を見つけるしかないのだ。眠る場所を確保できたことだけでも、有難かった。
幸い、毎日お天気は良く、空を見上げると青空がきれいだった。
空がようこそ~パリへ! と微笑みかけてくれているようにも感じた。
公園のベンチに座り、旅日記、ノートに想いを綴る。
次々と湧き上がる想いを、ひたすら書き綴っていた。
自分の人生について、考えることがたくさんあった。
パリに旅行に来て、自分と向き合う機会になったのも、不思議な流れだった。
そんな中で、どんどんとクリアになっていった。
仕事での迷いも、ひたすら書き綴っていくうちに、気づきとなり、前向きなものへと変化していったのだ。その心境の変化が、自分を元気づけてくれた。
いつの間にか、 問題だと思っていたことも気にならなくなった。お腹を空かせながらも公園で過ごす時間が、楽しいものとなっていったのだ。
ハプニングが起きる時、まったく予想もしなかった展開になる可能性が高い。
最悪に思えることも、実はピリ辛く感じるのは最初だけで、次第にまろやかさへと変わっていくのかもしれない。
旅のハプニングは、人生のスパイス……。
ピリッと効いて、人生の味に彩を添えてくれるのかもしれない。
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