ショートストーリー「上京」
新幹線の到着を知らせるベルが鳴った。
到着駅の名はまだ聞き慣れない。
こんなに長い区間を1人で乗ったのは初めてだった。
寂しさはまだ振り切れない。
家族は最寄り駅のホームまで見送りに来てくれた。
父は少し寂しそうに、母は体に気をつけるんだよと気遣ってくれ、妹に至ってはお姉ちゃん行かないでと目を腫らして泣いていた。
私も悲しくて寂しくてしょうがなかったが、この歳になって親の前で泣いてはいけないというハリボテのプライドが邪魔をして、気丈に振る舞うことしかできなかった。
感謝の言葉の一つさえそのプライドに邪魔をされ伝えられず、発車時刻はすぐに来てしまった。
出発のベルが鳴り、ドアが閉まる直前、咄嗟に胸から湧き出て口から溢れ出た言葉。
「本当に・・・・・」
ドアの閉まる大きな音に遮られ、その小さく震えた声は届かなかった。
皆が扉で隔たれた向こうから大きく手を振る。
涙が止まらない。
霞むその姿が、だんだんと小さくなっていく。
いやだ、離れたくない。
ずっと憧れの東京に行くために頑張っていたはずなのに。
ずっと故郷を離れたいと思っていたはずなのに。
こんなにも涙が溢れるなんて。
こんなにも1人が怖いなんて。
ホームに降り立つと、独特な東京の匂いに故郷とは遠い場所なのだと改めて気づかされた。
ここで、この街で、私は生きていくんだ。
泣いてはいられない。
その時、ポケットにしまっていたiPhoneが震えた。
母からラインが届いていた。
「寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだよ」
優しい言葉に再び涙が溢れそうになり、上を向いた。
馴染みのあるホームとは違い、空は見えない。
簡単に帰ってたまるか。
応援してくれる人のためにも、私は負けない。
そして、成長して、届けることができなかったあの感謝の言葉を、今度は、
大きな声で。
あなたのおかげで夕飯のおかずが一品増えます。