『転生しても憑いてきます』#43
「母さん! カローナ! キャーラ! コナ!」
僕が母や姉さん達の名前を叫んでみるが、まるで聴覚を失ったかのように屹立していた。
おかっぱ怨霊が腕を振ると、彼女達の姿が消えた。
暗闇の中、僕は名前を呼び続けた。
すると、全ての空間に光が灯った。
あまりの眩しさに目を瞑ろうとしたが、瞼が固定されているせいか、火に炙られたかのような痛みが両眼に突き刺さった。
じわりじわりと涙が込み上げ、だらしなくだだ漏れる中、ぼやけた視界に何かがいるのが見えた。
拭う事もできず、乾くのを待っていると、段々輪郭がハッキリしてきた。
見覚えのあるパッチリ目が合った時、この空間の正体が分かった。
明るくなって白い空間に僕はいるのかと思った。
しかし、それは違った。
あのグレイ型の怨霊が僕の周りを囲うように立っていたからだった。
あの病的に白い身体が壁だと思うほど、ビッシリ隙間なく並んでいるのだ。
彼らは教室の時とは違い、口をつぐんでいた。
何が起こるのか不安で鳩尾が締め付けられる中、おかっぱ怨霊がいきなり現れた。
片腕を上げると、グレイ怨霊が一斉に何かを取り出した。
楽器だった。
フルートやバイオリン、太鼓、トロンボーン、トランペットなどを持っていた。
おかっぱ怨霊が腕を振り下ろすと、一斉に音楽が奏でられた。
リズミカルな音色で、状況がこんな風ではなかったら、きっと楽しんでいただろう。
おかっぱ怨霊が腕を振ると、グレイ怨霊達が移動し始めた。
大きな白い波が動き、現れたのはピエロとキグルミだった。
ピエロは二股に分かれた黄色と赤色の帽子を被り、白粉を塗りたくっていた。
色鮮やかなブカブカの服を着て、赤鼻をプニプニ触りながら先のとんがった靴を鳴らした。
キグルミは青色のうさぎで、目が死んでいた。
口はニッコリと笑っていたが、それが逆に不気味だった。
この状況でピエロとキグルミが登場している時点で、ろくな事が起きないのは分かっていた。
前世で見たスプラッター映画のように、人体を弄ぶつもりなのだろう。
こいつらは怨霊なのか実在するのか疑ったが、もし人間なら怨霊達と一緒に狂気な事をする訳がないし、目のないおかっぱ怨霊とグレイ怨霊を見て発狂しているはずだ。
という事は、こいつらも怨霊――あぁ、最悪だ。
僕は心の中で溜め息をつくと、おかっぱ怨霊が腕を上げた。
すると、ピエロ怨霊がナイフを数本取り出した。
このまま僕を切り刻むのかと思いきや、ヒュッと違う方向に投げた。
グレイ怨霊の一体の片目に突き刺さった。
彼(?)は悲鳴を上げる事もなく、まるで刺さっていないかのように太鼓を鳴らしていた。
これにピエロ怨霊は面白がり、次から次へとナイフを投げた。
次々にグレイ達の目が刺さり、ツゥと血が流れていく。
彼らの演奏は続く。
今度はキグルミ怨霊が近くにいたグレイを引きずるように連れて来た。
ピエロ怨霊が台を持ってきて、彼(?)を寝かした。
嫌な予感がした。
キグルミ怨霊が手術の時に使うメスを取り出すと、腹に突きつけた。
サッと切り、腹から血のナイアガラが流れていく。
二体の怨霊は我先に腹の中に手を突っ込んだ。
肝臓、心臓、胃、小腸などが血塗れのまま取り出され、あろうことか食べたのだ。
「グチャグチャグチャグチャ」
「ベチャベチャベチャベチャ」
不快な咀嚼音が響き渡っていく。
もしグレイ怨霊の臓器が豚や鶏みたいに形が違っていたらマシだったかもしれないが、教科書や標本で見た人間の臓器と瓜ふたつだったので、吐きそうになっていた。
あぁ、瞼が閉じれない事がこれほど苦痛な事だとは。
目の前で起こる地獄を直視しないといけないなんて。
どんだけ僕を苦しめるつもりなんだ。
牢獄に囚われていた時といい、僕に何の怨みがあるんだ。
やめろ。
やめてくれ。
いっそのこと、人思いにギロチンみたいにスパッと切ってくれ。
そんな事を願ってしまうくらいこの拷問みたいな催し物が耐えられなかった。
怨霊達による狂気のサーカスは続いた。
おかっぱ怨霊が指揮棒みたいに両腕を振るう度、ピエロとキグルミがグレイをおもちゃにしていた。
油をぶっかけ火を放ったり、おろし金で顔を削ったり、鼻を削ぎ落として潰し、目をくり抜いて食べたりしてた。
それを逸らすこともできずに目の当たりにした僕は、胃がスカスカなはずなのに、嗚咽が止まらなかった。
どのくらい経ったのだろうか、散々床を血塗れと肉片だらけにしたピエロとキグルミがどこかに行ってしまった。
ズタボロのグレイ怨霊達の演奏が激しくなった。
ようやくフィナーレか――心の底から安心していると、おかっぱ怨霊が腕を前に振った。
すると、何もない所から母や姉達がせり上がってきたのだ。
「姉ぇ――」
僕は叫ぼうとしたが、次に現れたものを見た瞬間、絶句した。
彼女達の前にギロチンが出てきたのだ。
四つ穴があるという事は――考えたくもない妄想が広がった。
ピエロとキグルミがそこへ現れて、母や姉達の頭を穴に通した。
彼女達は一切悲鳴を上げる事なく、頭を入れた。
僕を殺そうとした時はあんなに騒いでいたにも関わらず、無抵抗なのがかえって不気味だった。
ピエロとキグルミがしっかり固定されているか確認すると、おかっぱ怨霊が腕を振った。
ギロチンの刃が落ちていった。
やめろという言葉を言う暇もなく、凶器の刃が彼女達を襲った。
ストンと首が落ちた。
無気力に転がっていく。
首には肉々しい断面図が出来ていて、それを見た僕は咳き込みに近い嗚咽を繰り返した。
危うく失禁してしまいそうになったが、グレイ怨霊達による演奏でどうにか持ち堪えた。
ピエロとキグルミは楽しそうにギロチンを開けると、無残な姿の首なし死体(いや、死んでいるから霊体?)が倒れていた。
「シシシシシシ……」
おかっぱ怨霊が笑いながら両腕を振るうと、グッタリとしていた霊体がムクッと起き上がった。
四体の霊体はピエロ怨霊に手渡されたお盆を持つと、自分の首を探し始めた。
ヨタヨタしながら転がっている首を拾う様は何とも悲しくて泣きたいけど、乾燥して充血した目にはもう流す涙もなかった。
唸りながら観察していると、彼女達は首を拾ってお盆にのせた。
そして、僕の方に向いた。
スタスタとお盆を持ちながら歩き、僕を中心として四方角に立った。
僕から見て正面は母だった。
まるで眠っているかのように瞼が閉じていた。
激しい演奏が鳴り終わるや否や、突然母の目が開いた。
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