一本の傘では入りきらない、肩が濡れるような距離だから
今日、ありきたりな、うわべの会話しかしなかったね。高架下の小汚いけど人気の屋台に入るのをためらうかのように様子を伺いながら君に言う私と、こないだとリップ違うね?ワンピースも可愛い、似合ってると褒めてくれる君。お互い距離を縮めようとしているのに、交通手段や歩き方、アプローチの方法が違うからこういうことになる。私たちは違う生き物なんだなんて考えがちだし実際にメッセージが噛み合わなくて誤解を生んだりする。簡単に一言で言えば、次はどこ行こう?ホテルでも行こうかなんて言えない私たちってこと。
「君といると自分が小さく思えるし、こんなに不器用な人間だったんだって思う」って言う君は同じ話を何度もしたり、気を遣いすぎて空回ったりしていてそれが少し可笑しくて、でもただ一つ思うのは、セックスしてる瞬間だけは全部忘れて私だけ見ててよ。全部終わったあと洗面所で見た自分の顔はアイシャドウもアイラインもよれてて、バーガンディーのマスカラが目の下にパラパラとついていた。ぐちゃぐちゃなのに君は可愛いと言う。終わったあとしか私の顔見てないくせに。緊張で喉が乾いて寄ったコンビニで飲めないくせに手に取ったほろよいが2/3以上残ってる。外では音のしない雷がぴかっていた。ひたすら猫を撫でるように私の肌に触るのが心地よくてこのまま眠ってしまえたらいいのに。
君との初めて重なった夜が、「いつかきっと」と思っていた夜がようやく過去のものとなった。まだ生々しく身体が覚えている感覚を反芻している。口唇を重ねた瞬間を。ひんやり、しっとりした君の背中を。舐め取られたすべてを。忘れられない初めての夜が増えるたびにきっと感情はぼんやりして輪郭を失っていく。過去が美化されるように、余計なものが削ぎ落とされ、残った部分は磨き上げられ、想いだけが研ぎ澄まされ、この先いくつかの初めての夜を迎えることになるかもしれないが、今はこの想いに浸っていたい。甘くぬるく、じっとり湿った空気の中で。
なんだか私風邪引いたみたい、右肩が雨に濡れてびしょびしょになってたのは君なのに。私はしっかり傘、そして君の内側に収まっていたのに。北参道を通り越して、目印のドコモビルがどんどん離れてく、小雨が降る蒸し暑い23時、低く速く流れていく雲にピンクの光が反射してた。俺は出会ったときから気持ち変わってないよ。うん、私はどうかな。よくわからない。それでもいいね。私ごしに誰を見てるの?とは言わないどいてあげる。それが私たちの距離だから。