何より憂鬱なのは、秋が終わってしまうこと
打ち合わせ先からオフィスに戻る途中、突然雨に降られた。雨降るなんて聞いてない。打ち合わせ中に窓の外が暗くてああもう日が暮れたんだな、日が短くなったな、なんてのんきに考えてた。なんで雨雲だって気づかなかったんだろう。外にいたら絶対に匂いで分かるのに、とちょっと自分の衰えた野生の勘を恨めしく思った。もちろん折り畳み傘なんて持ってない。最悪だ。あの日と同じように突然雨に降られて私の前髪は早くも台無しになった。でも今日はもう帰るだけだから別にいいんだ。全然可愛くない私で君に会うよりずっといい。自分にそう言い聞かせて急いでオフィスへと向かった。
小一時間ほど雑務をこなして定時でフロアを後にした。もう誰にも会わないからどうでもいい。乾いてマシになった前髪をトイレの鏡でチェックして、メイクも直さずにビルから出ると雨はやんでいた。予定がないことや早く仕事が終わったこと、雨がやんでたことがうれしくてゆっくり歩くことにした。
あたりはすっかり暗くなっていてしっかり夜の色に染まっていた。雨上がりの街は冬のようにきりっと冷たい空気に包まれ、道路の向こうは靄がかってる。一方で真上の夜空はびっくりするほどクリアに澄んで月が輪郭をはっきりと、自分の存在を主張して輝いてた。コンビニやレストランにはちらほらクリスマスツリーやオーナメントが飾られはじめ、ときおりジングルベルさえ聞こえる。私の心はまだそんな気持ちにはなれなくて、上着はまだ必要なく金木犀の香りがした秋の真ん中と君への思いを、ずりずりと足元に引きずるようにして歩いていたと思う。クリスマスは楽しみなのにきっとその頃には君との距離は今以上に広がり、君への思いは今以上に増しているだろう。それが何より憂鬱だ。
まだ実家に住んでいた頃、雨の日は最寄り駅から家までバスに乗って帰った。雨の日のバスは混んでて湿度が高くて濡れた傘や荷物についた水滴が身体に触れるのが不快だった。でも運良く座れたときは窓の外を見るのが好きだった。暗い帰り道、撥水加工が落ちた窓は水滴だらけで風景は見えないけれど街の光が水滴に反射してキラキラ光って見えた。形のないものが無数にいくつもくっついたり離れたりしながらぼんやり光ってた。
コンビニに飾られてる安っぽいクリスマスツリーの電飾がチカチカ光るのを見てなぜかそんな実家の帰り道のバスを思い出した。光は涙でぼんやり滲んでくっついたり離れたりしてたから。それが美しかったから。涙の理由なんてどうでもよくて、ただその光景が美しかったから。
クリスマスまでにもう少しだけ、今より強くて可愛い自分になってたい。それは君のためじゃない、会えない君のためじゃない。この世界をもっと好きになれる私のために。感傷に浸るのにも飽きてジンジャーブレッドラテを片手に地下鉄に乗った。
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