薄色のグラデーション
「愛っていうものはなにが正しいんだろうね」
友人のふとした疑問がやたらと頭に響く。
考えたことがなくウィットに富んだ答えを用意していなかったからだろうか。或いは私の中に、全く同じ疑念があったからだろうか。
23歳、世界を知った気になってから数年が経った。今思えば若気の至りで、でも今の私より無敵だったのだろうと思う。
彼と出会って四度目の春が過ぎようとしている。思えば満開だと言える日々はどれほどあっただろう?
それでもあの頃の私は、きっと花が咲いていると信じていたと思う、覚えてないけど。
なんとなく始めた半同棲生活は二年ほど続いているけれど、もう刺激を求めているわけにもいかない、でもそれもどうかわからない。
あの時知った気になった世界は思っていた数倍も大きく、小さかった。
「そんなの私に聞いてどうすんの?」
「あんた幸せそうじゃん、だから」
「ふーん、まあぼちぼち」
「なにそれ、一番面白くない答えじゃん」
「でも一番率直な答えでしょ?」
「そうかもね」
窓からの景色を眺める友人を見ながらコーヒーを飲む。幸せだったらどう答えたのだろう。今の私は不幸せなのだろうか。いや、ぼちぼちか。
私は小さかった。だからそれでいいのだ。こうして矛盾だらけで謎ばかりの、いわゆる普通の人間らしさを受けいれて生きているのです。呑気なものだ。
「呑気なのが一番ですよ」
「なにそれ」
「そのままです」
恥ずかしい。呟いただけなのに拾われるし。なんて思いながら友人との時間を切り上げねばならなくなった私は伝票を持って立ち上がる。
「じゃあまた」
すっかり緑が目立つ季節になったな、いいや、目が良くなるし。
今年も見られなかった桜に特に思いを馳せることもなく帰路につく。
まだ先の言葉は残る。
「幸せってなんだろうね~」
皆は気付いているのだろうか。私は置いてけぼり?
このままずっと人と距離が広がっていくだけ?
急に不安になる心と裏腹に、穏やかな日差しは私の体を優しく包んでゆく。その陽気が私を駄目にしているんだなと太陽を睨む。あんなに輝けないや。
回想。
私たちはバイト先で出会った。たまたま同じ大学の同級生だったらしく意気投合した。
彼は田舎から進学したての素朴な雰囲気で、その垢抜けてなさがなんとなく気になった。そこからなんとなく距離を縮めることになったし、そんななかで彩りに満ちた彼の表情に惹かれていった。
そう思う当時の私もきっと、同じだけの彩りを帯びた瞳で世界を見ていたのだろうと思う。
趣味が同じ、性格が似ている、感性が近い。
共通項を見つける度、もっと彼のことを知りたいと思った。気づけばいつも目で追いかけて、追いかけられている気にもなって、気づけば一緒に過ごすようになった。
彼は料理が好きで、スーパーの安売りをいつも追っていて。私は綺麗好きで度々部屋に行っては世話を焼き合ったりした。
ただ、少しずつ綺麗なだけではいられないことにも気づく。
少しずつわがままは増えていったし、小さな違いが大きく見えることが続いている。昔は気にならなかったのにな。
構えたファインダーの変化についていくことができないまま、流れる日々に追いついていたつもりが置いていかれている事実と、それに向き合えない自分自身への自己嫌悪が世界をモノクロに変えているのだろう。
それでも一緒に居続けているのは呑気さなのか臆病さなのか、それとも大きな愛情なのか。うーん。
きっと今考えたって答えは出ない。ならば呑気に過ごすしかないのだ。考えても分からないことは考えたってしょうがないし、考え込んでしまえばしまうほど良くないことばかりが浮かんでくる。人間の思考回路とは厄介なものだ。
今ある幸せがきっと薄い色だとしても、その色にすがることで得られる幸せに満足できるならそれでいいのだと思うし、それが私の人生なのかもしれない。
私が演じる台本はきっとそういう風にできている。スポットの当たらない脇役なのだろうな。なんてことを考えていると家路が憂鬱になってくる。
「愛情ってなんだろうな」
一人呟く言葉は凪いだ風に消え入って欲しいくらいだったけれど、ずっと耳に残っている気がする。言わなければよかったな。
〜次回につづく〜