金色夜叉・オブ・ザ・デッド Side:B
[ShortNote:2021.1.21]
(写真は本文の内容とは関係ありません)
金色夜叉についてそこそこ書いてるのに貫一推しがすぎて毎回毎回主役の話で終わってしまい、さすがにいい加減にしろと思いましたので今回は他の人たちの話をします。
#1:三百円の金剛石・富山唯継
まず「とみやまただつぐ」って言いにくくないですか? 滑舌悪い芸人にとっては鬼門です。発表などで発音しないといけない時に何回この男の名前で噛んだことでしょう。それはいいとして、ひょっとしたら父親が築いた「富」の「山」を「唯」「継」いだだけの男、ということなんでしょうか。そんなさよなら絶望先生みたいな命名規則なのかどうかは知りませんが、とにかく生まれながらのボンボンです。
直接的には宮を貫一から奪った張本人ですが、私は言うほどこの人が悪いとはそんなに思いません。むしろボロクソに書かれすぎではと同情すらしてしまいます。行いと名前の言いづらさに反してそれほど憎めないのは呑気で鈍感なとっつぁん坊やみたいな人物像のせいでしょうか。
彼は宮の美しさを気に入っただけで宮の心がこちらに向いていないことはそれほど気に病んでおらず、そういうところは外に作ったお妾さんやら何やらで埋めています。社交的であちこち遊び回っていつもやたら楽しそうだし、宮の他には世界に何もなかった貫一と正反対で宮は彼の身辺を華やかに盛り立てるピースの一つにすぎずその他にいくらでも楽しみはありそうです。友人を選ぶ基準も自分に釣り合う家柄や財産か地位かどうかのようなので、人間関係もどこか宝石のコレクションのように捉えているようです。貫一のように人間関係で傷つくことがなさそうなのは考えようによっては楽かもしれません。ある意味全キャラクター中で一番幸せな人ではないでしょうか。
あと私が金持ち好きなのもいくらか評価の甘さにつながっている。貫一くんの手前あんまり大声では言えませんが、まあお金はたくさんあった方がいいですから……。
ちなみにこの人は主人公とヒロインを差し置いて一番初めに登場した主要人物です。このカルタ会で人の(主に女の子たちの)視線を惹きつけ彼の代名詞となった「三百円の金剛石(ダイアモンド)」ですが、これをカルタ会にサラッとつけて来られるというあたりが富山のステータスの高さを象徴しているのかもしれません。
#2:ミス一途・赤樫満枝
サブヒロイン格といえる満枝さんです。たおやかな品のある美しさの宮とは好対照をなす派手な美人です。美人なのに高利貸なんかをやっているため、男たちは畏怖をこめて彼女のことを「美人クリイム」と呼びます(「高利貸」=「アイス」からのシャレ)。しかしそんな魔性の女が貫一に対しては急に一途な乙女になります。いつどのようにして好きになったのかはわかりませんが、やたら美人にモテる男です。貫一の前での満枝ちゃんのしおらしさはたまりません。
私はたまらないと思うのですが貫一はまったくそう思わないようで、彼女への態度はかなり冷ややかです。塩対応です。愛に裏切られ高利貸を畜生と呼んで憚らない彼にとっては、満枝の恋慕は鬱陶しいものでしかないようです。それなのにいくら塩対応されてもめげずにアプローチを続ける満枝との攻防は切なくもどこかおかしみがあります。
貫一が満枝に対してどれくらい塩かを示すいいやりとりがあります。自分がいかにあなたのことが好きかを忘れないでほしいと懇願した満枝との応酬。
一切やる気が感じられない。「これなら宜いでせう」って何? 本当に満枝のこと何とも思ってないんだなというのがありありと伝わってきます。が、せめてもの仕返しに太ももを思いっきりつねってやる満枝もたくましい。ここに限らず「貴方は実に現金でゐらつしやるのね。御自分のお聴になりたい事は熱心にお成りで、平生私がお話でも致すと、全で取合つても下さいませんのですもの」と皮肉を言ってみたり、自分の話を聞いてほしいがためにお腹が減って弱っている貫一にわざとご飯をあげなかったり、珍しく優位に立てるとからかうような真似をしてきます。かわいい。かわいいと思うんだけどな。振り向いてもらえる見込みのない片想いはつらい。満枝を見ているとback numberの「僕は君の事が好きだけど君は僕を別に好きじゃないみたい」が浮かんできます。というか今聴きながら書いてます。
なぜこれほど一途なのかについてですが、彼女はもともと父の借金のカタとして高利貸の赤樫という男の元に19歳で「お手伝い」の名目で行かされ、そこで手籠めにされそのまま結婚させられやがて自分でも高利貸の仕事をするようになったという経歴を持つ女性です。だから既婚者ではあるけれども親子ほど年の離れた夫へ愛情を持ってはいないわけです。ということは貫一は彼女の初恋の相手である可能性すらあるわけです。若くして好きでもないオヤジと結婚させられた女性が初めて恋を知った。ラブストーリーとしては完璧です。相手が貫一くんじゃなければ。でも彼じゃなきゃダメなんですよね。自分のことを好きになってくれる人を好きになれたらよかったのにね。「唉、貴方には軽蔑されてゐる事を知りながら、何為私腹を立てることが出来ないのでせう。実に貴方は!」。ままならない。こういう切なさも好きです。
#3:キングオブいいやつ・荒尾譲介
さて荒尾です。私はこの人のことを敬意を込めて「荒尾先生」と呼んだりします。友情に厚く名言メーカーなミスター君子です。
貫一の高等中学での学友は何人か登場しますが、その中でも最も仲が良かったのが彼です。法学士となり愛知県の参事官に任じられた彼をこっそり見送りに来た貫一の姿に彼だけが気づいたくらい結びつきは強いです。弟が死ぬのより貫一がいなくなったことの方が悲しい、と言うくらいですからもう兄弟のようなものです。見送りに行くのを口実にして横浜のいかがわしい店で遊ぼうとしている学友たちをたしなめたり、5人中3人は借金持ちという危ないメンツの中で1円たりとも債務がなかったり、堅実で真面目な人柄がうかがえます。
無印中編で華々しく転勤していった荒尾先生は続金色夜叉の冒頭でベロンベロンに酔っ払って再登場します。後で満枝が詳しく説明してくれますが、官吏だった時に三千円もの借金の連帯保証人になってゴタゴタがあってクビになって今の境遇に落ちてしまったということのようです。が、荒尾先生の君子っぷりはいささかも衰えておりません。むしろ怪しい風体になった方が言うことに迫力が出ています。どうも金色夜叉の男たちは落ちぶれるとカッコよくなりますね。富山くんも一回落ちぶれてみる?
荒尾先生の荒尾先生たる所以はその公正さにあります。再登場シーンで偶然再会した宮に彼は貫一の旧友として彼に代わって一生恨むと言い放ちますが、それはそれとして決して宮の後悔や苦しみを否定することはありません。「自にても容されたのは、誰にも容されんのには勝つてをる。又自ら容さるるのは、終には人に容さるるそれが始ぢやらうと謂ふもの」というセリフは作中随一の名言だと思っているので読むたびにじーんとしてしまいます。大事な親友にあんな仕打ちをしたのは許せないけれど、こうして久しぶりに会うことができたのはよかった、と彼はきっちり感情を区分けしています。「僕は婦人として生涯の友にせうと思うた人は、後にも先にも貴方ばかりじや」という言葉からは親友を通して宮さんの人柄もよく知っていたんだろうなということがうかがえます。きっと3人で仲睦まじく過ごした思い出がたくさんあったんでしょうね。
そして貫一のところにも行くのですが、一転してここでは宮にあなたを恨むと言ったことは微塵も出さず、彼女は立派に悔い改めてるのにお前はどうなんだ、と迫ります。口ではいろいろ言うけどやっぱり貫一と荒尾先生の間には今なお確かに友情があることはわかる。わかるからこそ悲しい。しかしどうですかこの公正さ。どうしてもどちらか一方に同情して肩入れしてしまうのが人情なのに、きっちり両方にバランスよく悪かったところは諫め、同情できるところには理解を示し、あるべき道を説ける。すばらしいバランス感覚。レフェリーのようだ。もうここまでこじれた貫一お宮をまともに仲裁できるのは荒尾先生しかいないんじゃないかと思えてきます。こういう時は第三者を入れた方がいいんですよ。たぶん。
身持ちの堅かった彼が借金の保証人になったのも学費を出してくれた恩人のためなので、貫一は「彼の貧きは万々人の富めるに優れり」と感じます。親友に対する最上級の賛辞でしょう。そういう立派な経緯を自分で言わないところも君子ポイント高い。ただ事情を聞こうとした貫一への「ああ貴様は何か、金でも貸さうと云ふのか」はちょっと笑ってしまった。もしそうだったらいくらなんでも商魂がたくましすぎる。