記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

石坂金田一シリーズを褒め称える会 #3:獄門島(1977) 

 個人的に一番ストーリーが好きな獄門島。ストーリーの話をするということはつまりネタバレをするということです。


石坂金田一、かわいすぎる(3回目)

 しかしその前に今回もまずこの話からしなければならない。今回最もハートをつかまれてしまったのは本屋で「散髪に来たんじゃなくて道を聞きに来ただけ」ということを言い出すのが遅すぎる金田一さん。お七さんに手をひっぱられてイスに座らされて布を巻かれる押しに弱すぎる金田一さんかわいい。お七さんがもっとグイグイ系だったら言い出せずにあのまま散髪されてた可能性がある。散髪したら金田一耕助じゃなくなるだろうが!こういうスイッチオフ状態だと用件を言い出すのが10テンポくらい遅れる金田一さん、もはやかわいいを通り越して心配になる。普段どんな風に日常生活を送っているのか気になる。大丈夫?押し売りとか買わされてない?よくわからない壺10個ぐらい家にあったりしない?

 そんなぽやぽや金田一さんですが、今回はぽやぽやしすぎて留置場送りにされるという事件が発生します。この仕打ちにはさすがの温厚ぽわぽわフェアリータイプの石坂金田一といえどもプチギレます。しかしブチギレというか抗議ですねあれは。怒っててもどこか品があるのが石坂金田一のいいところ。子猫が怒ってるみたいな。それは寝起きで朝ごはんも食べられずいきなり留置場に入れられたら誰だって怒るでしょうが、朝食を差し入れに来てくれた清水夫人にニコニコしたり誤解が解けて出しに来てくれた清水さんにももう矛を収めてたりやっぱり温厚でかわいい。人間ができている。妖精だけど。 

 金田一耕助を留置場にぶち込むという快挙(?)を成し遂げた男の名は清水さん、今回の巡査枠です。なかなか面白いキャラクターだなぁとニコニコ見ていたらいきなりあんなことをしてくださったので好感度がタワーオブテラー並みに急降下しました。金田一さんのどこが挙動不審なんだよ。かわいいだけだろ。もしかしたら獄門島にはかわいい罪というものがあるのかもしれない。でもすぐ謝ってくれたので結局持ち直しました。あれが雪枝殺害時の金田一さんの揺るぎないアリバイになってくれたから結果オーライですかね。よそ者に厳しい土地という獄門島の特質(それが後々明かされるお小夜や勝野さんの悲劇の原因でもある)を表すためにも必要なことだったと思います。

 島だからなのかやたらアクティブなシーンがあるのもいい。逃げる海賊を追いかけてターザンロープ使うところはカッコいい。でも下りる時にダメージ負っててかわいい。ここの撮影の時に木にぶつかっちゃって、金田一さんの袴は日本中探してやっと見つけた貴重なものだったので、衣装さんが石坂さんではなく袴の方を心配したというエピソードも含めて好き。あと坂を転げ落ちるのもかわいい。これはアクティブとかではなくただのドジっ子です。なんかこの人、アクティブなのかどんくさいのかいまいちよくわからんな。でも転げ落ちたことにより海賊の焚き火跡を発見できたのでやっぱり結果オーライです。オーライだけどどうか体は大事にしてください。

容赦ない真相と特別な動機

 「しなくてよかった殺人をしてしまう」パターンが昔からとにかく好きなんです。加えて「ほんのささいなしょうもないことから取り返しのつかない大事件になる」パターンも大好き。獄門島はこの2つが合体しているので私のための物語と言っても過言ではない。

 了然和尚は個人的に三姉妹に恨みがあったわけではなく、それは手伝う形で共犯になった勝野さんも同じです。2人が殺人を犯したのは嘉右衛門の遺言があったためで、その遺言も「千万太が死に、一が生きて帰る」という条件が揃わない限り発動しないものでした。その条件が揃ってしまい、さらに見立てに必要な釣鐘まで戻ってきたとあっては了然たちはこれは三姉妹を殺せという運命なのだと思ったことでしょう。

 ところが「一が生きて帰る」という片方の条件を満たした男はただのチンケな復員詐欺師だった。これがポイント。仮にこいつが了然たちを騙して三姉妹たちを殺させようと企んでたのならまだマシだったけど、島とも本鬼頭/分鬼頭とも無関係でただお礼やごちそうをせしめようというスケールの小さい企みしかしていなかった。こいつ自身もまさか自分のチマチマした詐欺が連続殺人に発展するとは夢にも思っていなかったでしょう。だからこいつをそのことで罪に問うことはできない。ただただ了然たちが嘉右衛門の遺言も果たせず無駄に3人も命を奪った殺人者になっただけ。無意味で無益な殺人。犬死にに犬殺し。何の救いもない。かわいそう。大好き。

 その無自覚な最大の元凶は冒頭で優しい金田一さんの善意を無駄にしたわけですが、あそこでもし了然たちも踏切で普通に走ってる姿を見ていればもしかしたら殺人は止められたのかもしれないと思うと虚しい。でも見なかったということが全て。あそこですでに運命は決してしまった。もう金田一さんにも了然にも誰にも止めることはできない。

 もしかしたら嘉右衛門にとっては一に跡を継がせることより憎きお小夜の娘たちを亡き者にすることの方が優先度が高かったのかもしれない。不運としか言いようのない復員詐欺も妄執に取りつかれた亡き嘉右衛門の差し金だったかのような。

 その嘉右衛門の怨念に満ちた遺言だけで殺人を犯した了然にあからさまに嫌悪感を示す等々力警部と特にジャッジしない金田一さんの対照的なリアクションも好きでした。法と秩序の執行者として許すわけにはいかない等々力警部と、善悪の判断を下さない金田一さん。シリーズでもトップクラスに不可解な動機ですが、きっとこの島に根を下ろした人じゃないと彼の思いはわからないんだろうな。外の人間が因習村とか揶揄するのは簡単だけど。

 あといかにも真相に絡んできそうだった巴と鵜飼が殺人においては完全に蚊帳の外だったのも好き。ただの小悪党。三姉妹が全滅したらさっさと追い出される鵜飼の小物っぷりも好き。かわいそうに。

金田一さん⇔早苗さん

 原作の鬼頭早苗さんといえば金田一さんがほのかな恋心を抱いた女性として知られていますが、映画だとどうも矢印が逆向きになっているんじゃないかという印象があります。その早苗さん→→金田一さんが顕著に表れているのが「連れ出してほしい」のシーン。生まれてから一度も島に出ずひとりでいろいろと大変なことになっている家を支えてきた気丈な女性が男性に対して「連れ出してほしい」と吐露するというのはちょっとした告白なんじゃないでしょうか。すぐに「冗談です」って微笑むのがかえって真剣さを裏付けている。

 「どこへ行ってもあまり変わりありませんよ」と言う金田一さんに「どこへでも行けるからそんなことがおっしゃれるんですわ」って言い返したのにもドキッとした。金田一さんもたぶんドキッとした。一の戦死公報が届いた時に金田一さんにすがりついて泣く早苗さんもいい。あそこで一番ほのかなラブを感じた。

 これは金田一さんの神秘性を守るためなんじゃないかと思います。早苗さんが金田一さんのことを好きだったとしても、「天の使い」としてここにいるだけの金田一さんが彼女をどう思っていたのかは決して明かさない。早苗さんも踏み込みはしない。そして金田一さんは「もう島を出たいなどと言わないでしょうね」と言い残して島を去り、早苗さんは見送りに行かず寺で別れの鐘を鳴らす。それでおしまい。きっと早苗さんの心には金田一さんが思い出として残っていくのでしょう。

 神秘性といえば、原作では直接の戦友だった金田一さんと千万太の間に雨宮という男が挟まれて金田一さん自身は戦争に行ったのか行ってないのかわからなくされているのもその心づかいの一つなのかもしれない。恋愛や戦争という生々しいところで徹底して生身の人間らしさを匂わせないようにしている。押し売りを断れず壺を買わされちゃったり予定がなかったら昼すぎくらいまで寝たりしてる「日常生活」の石坂金田一は想像できるけど、誰かを狂おしいほど愛したり戦争で極限状態に叩き込まれたりしてる「人間生活」の石坂金田一は想像できない。一見クラスにいそうな親しみやすい雰囲気に見えて絶対クラスにはいない神々しさがあるアイドルみたいな。つまりそういうことでしょう。

出世した人(約一名)

 シリーズでもトップクラスの大出世を遂げた女・勝野さん。原作の彼女ときたらもう次々起こる惨劇にただおろおろするだけの頼りないいてもいなくてもどっちでもいいようなキャラなんですけども、映画だと実は早苗さんの実の母親だったというバックグラウンドが用意され、過去を語るのにそれなりの尺が割かれ、犯人の一人にまで昇格(?)します。もはやほとんどオリキャラ。原作読んでるだけじゃまさかこの人を司葉子さんが演じることになるとは思えない。よくこんなチョイ役中のチョイ役に目をつけたなあ。

 でも原作通りの犯人のメンツより了然と勝野さんの組み合わせの方が画としては華やか。彼女の女としての一生を見守ってきた了然の眼差しも、最後の最後に母娘の名乗りをすることができた早苗さんも物語に切なさを加えている。

 ついでに勝野さんが猫を飼っているのは原作と映画で共通ですが、その猫ちゃんがすごくかわいかった。ああいう猫がタイプ。どこから連れてきたんだろう。

その他もろもろ

今回の金田一さん以外で好きなキャラクター

 竹蔵さん。私の竹蔵さんに対する好感度がやたら高い。うちわ作りたいくらい大好き。金田一さんの頼みごとを聞いてくれる人はみんないい人だよ。帰る時ニッコニコで手振ってくれたのもよかった。

 あと好きというか眺めてる分には面白いのが三姉妹。「悪魔が来りて笛を吹く」の椿秌子さんもそうですが、横溝作品のどこかが決定的に狂ってる女キャラって魅力的。この三姉妹は実の父親をいじめて遊んだり、妹が惨たらしく殺されたというのにキャハキャハ笑ってふざけてたり、装いは美しいし明るく無邪気なのにどことなく精神的に不健康な雰囲気を漂わせている。中でも浅野ゆう子さんの月代がすごかった。80年代以降のゆう子さんならそれはもうよく存じ上げているのですが、あのトレンディの女王になる前のゆう子さんもかわいい。月代なのであんまり真正面からかわいい!とは言いづらいんですけども。

今回の加藤武シリーズ

 船に弱い岡山県警の等々力警部。「復員服の海賊がどうかしたんですか?」といたって普通のことを聞いただけなのに「うるさい!」と返す理不尽な人。でも今回はこちらもシリーズおなじみの部下に「見てきましょうか?」と聞かれて「当然だ」と返したら「そうですね」と少しだけ反抗的な返事をされるところもある。そしてついに「よし、わかった!」で自分が何もわかってなかったことを認める。こういうのを見ると確かに「『獄門島』でシリーズは終わり」と想定されてたんだろうなと思えますね。

 地味に好きなセリフは「そう一度に何もかもやれんなあ」。仕事が立て込んでる時に言いたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?