【本】野口悠紀雄『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』
一橋大学名誉教授の野口悠紀雄先生による、なぜ日本の賃金は低いのか、どうすれば上がるのか、を解いた本。
2022年、岸田政権下で出版された。
目次を見ると、国際比較から国内の比較へ、そこからその原因へと深堀りしている内容なのが見てとれる。
はじめに 毎日、勤勉に働いているのに賃金が上がらない
第1章 シリコンバレーの技術者は年収1億円
第2章 これでいいのか日本 いまや韓国より低賃金
第3章 賃金を決めるのは、企業の「稼ぐ力」
第4章 あなたの給料は、日本人の平均より高いか?
第5章 賃金格差はなぜ生じるのか?
第6章 物価は上がるが賃金は上がらない
第7章 どうすれば日本人の賃金を上げられるか?
あとがき 人の生くるは、パンのみによるにあらず
前半はIMFの資料など世界各国の数字を紹介しつつ、「給与面から解剖する「ロシア軍の正体」」「「稼ぐ力」がものすごい企業」など、世界の経済トピックスも盛り込まれており、時事問題もできる内容となっている。
だが、注目すべきはやはり最終章である。
①平均賃金はフルタイム当量で見るべき
これまでのデータの積み上げ、比較をもとに、なぜ日本の賃金か低いのかの理由について、まずは「パートタイマーの増加」を著者はあげる。
たとえば、100の賃金の人が2人いたとする。
そこに、パートタイマーが入り、2人の半分の時間で50の賃金で働くとする。
賃金合計は250。
それを3人で割ると、本来は100/100/50の賃金が、1人あたりの賃金が、83.3333…となる。
パートタイマーが1人加わるだけで、1人あたりの賃金は下落することになる。
これだと、現状は汲み取れない。
よって著者は、OECDの賃金統計の基準にあわせ、「フルタイム当量」で見るべきと説く。
私たちはつい政府の発表や報道の数字ばかりを見て、その計算の根拠まではみない。
著者の指摘に、数字から意味を読み取る際には慎重にすべきとの思いをあらたにした。
②税制における年収の壁をなくすべき
そうすればより現実的な数字となるが、OECDの統計でも日本の平均賃金は低い。
この原因を、著者は「税制」、「103万の壁」等といわれる年収の壁にみる。
実際、配偶者特別控除が拡大し、201万強まで働いても一定の税制メリットがあるよう改正されたとき、日本の平均賃金は上昇しているという。
この制約がなくなれば、配偶者が労働時間を増やし、平均賃金は上がるかもしれない。
2024年10月末現在、国民民主党は
「103万円の壁」
を引き上げ
「178万円」
にすべきという政策を掲げている。
税制が変われば、平均賃金が上がる可能性も大いにありそうだ。
③生産性をあげるべき
なぜ日本はパートタイマーに頼りがちかという問題に、著者は日本企業の生産性の低さをあげる。
その対策が、最後に矢継ぎ早に上げられるが、そのひとつに、ジョブ型人事制度が本当に必要なのは「経営」と著者はいう。
経営者も本来は専門的な職業のため、専門的な訓練を活用して、さまざまな企業の経営をわたりあるくのがアメリカでは普通の姿となっている。
それに対して日本の経営者は、その組織に長年いる人となっている。
つまり、メンバーシップ型組織で、ジェネラリストとして生きてきた人であって、決して経営のプロではないのだ。
そのことは周知の事実なだけに、そこに日本の生産性が上がらない理由のひとつがある、という著者の指摘には説得力がある。
個人的には、最低賃金や、同一労働同一賃金で底辺をあげようとする政策が、逆に全体の賃金の伸びを押さえているという指摘が目からウロコだった。
確かに、毎年これだけ最低賃金があがると、資金はそこに回さざるをえず、全体の賃上げは難しくなる。
そのためにも、何とかして、全体に分配できるだけの利益を企業は生み出す必要がありそうだ。
日本の賃金問題全体が俯瞰的につかめ、賃金が上がらない事情について理解が深まる本なので、人事担当者や経営者、いまの日本の行き詰まった感についてヒントを得たいと思う人にぜひおすすめしたい。