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【本】今野晴貴・嶋﨑 量『裁量労働制はなぜ危険か―「働き方改革」の闇』 (岩波ブックレット)

裁量労働制の知識をふかめるために読みました。
裁量労働制のみをテーマにした本で、現在確認できるのはこの本のみです。

著者の今野氏はブラック企業対策プロジェクト共同代表、嶋崎氏は日本労働弁護団の常任幹事です。

したがって、この本は、裁量労働制にかんして会社側・労働者側それぞれから中立的に記した本というよりは、裁量労働制で苦しんでいる労働者とその問題にスポットをあてた本です。

労働者寄りの本であるという前提はありますが、この本を読むと、このとき(2018年)問題視されていた裁量労働制の拡大の動きがいまのところ実現していないことに、心からほっとします。

どんな制度にも良い面と悪い面がありますが、ここまでの悪い面がある制度がそのまま拡大されることは、けっして労働市場にとって良いことではないと思うからです。

この本から読み取ったポイントは2点あります。

1.「裁量労働制」は労働者にとって中途半端な制度

ひとつめは、この裁量労働制が「成果による評価」を実現する制度のように言われていることが誤りだということです。

「裁量労働制」は、あくまで「労働時間と賃金の関係を切り離す」制度です。
なぜ切り離すかというと、対象業務の「成果」が、かけた時間と比例して大きくなるものではないという前提があるからです。

だから、労働者側としては、より短い時間でよい成果を出せるよう、情報収集したり学習したりする時間も会社に制限されずできる点、また、よい成果を出せたら短い労働時間でも給与が保証される点などは、この制度の良い面です。

ここだけを取り上げれば、たしかに「労働時間ではなく成果で評価する」仕組みだと言えそうに思えます。

ですが、その「成果」が、公正に評価されるかどうかについては、この本で指摘されているように、「裁量労働制」では触れられていません。

会社側が、裁量労働制を悪意(といって言い過ぎならば、残業代を払わないで実をとりたいという意思)を持って使おうとした場合、「成果」を正当に評価しないということもありうるわけです。

「裁量労働制」を「成果による評価」とリンクさせるには、賃金を労働時間を切り離すだけではなく、「公正な評価」ということと両輪である必要がある。

報道でいかにも良い制度かのように光を当てられている面に、はたして飛躍はないか。

そう考える視点を、この本はくれます。

2.どう運用されているかがすべて

裁量労働制は、制度の仕組みや趣旨だけ見るとうまくはまるケースがあるようにも思いますが、やはりこの制度もどう運用されているかがすべてで、その運用は問題だらけであることが、この本を読むとわかります。

この本では、裁量労働制で働いていた方がいたましくも自身で命を断った例や、裁量労働制が導入されている会社の従業員に焦点をあてている労働組合「裁量労働制ユニオン」への相談例などが具体的に紹介されており、裁量労働制が実際どのように運用されているのかが把握できます。

そこでわかるのは、実際の労働時間よりも過少な「みなし」時間を導入しようとするケースがほとんどだということです。

裁量労働制の対象となる仕事は、知識や経験のある労働者が行えば、やりようによっては短時間で仕上げられることもある業務です。

また、その業務のために必要なインプットの時間も、労働時間を気にせずできるというところが労働者にとってのメリットです。

それであれば、「これだけの時間働いたことにする」というみなしの労働時間は、実際の労働時間よりも長いくらいでないとだめなはずです。

ですが、実際はそうではない。

また、実際に裁量労働制を利用して、そのことにより良い効果があったかの検証はかならず必要ですが、実際の労災認定事例などを確認すると、労働時間を実労働時間で適切に把握している会社が少なかったことがわかります。

つまり、裁量労働制を導入して、残業手当を支払わなくてよくなったとしても、従業員の実際の労働時間を把握することは、雇用主としてはしなくてはならないことです。
ですが、それをしなかったからといって罰則があるわけでもないためか、していない企業が多いというのです。

実労働時間は、健康状態を把握するためには必須です。それをしていない、というのです。

裁量労働制を導入している会社で労働組合があるところなどは、話し合いのうえ、導入後「三ヶ月連続で九三時間以上残業した場合、強制的に裁量労働制を解除する」という運用にしたところもあるとのこと。

ですがそんな目安を設けるにしても、実労働時間を把握していなければ運用できません。

そういった肝心な運用をスキップできてしまう今の仕組みでは、「残業手当ゼロ制度」としての利用のされ方を防ぐことはできません。

法の趣旨は会社側・労働者側双方のためになるものであっても、生きている人間での運用がすべてです。

現時点のままでの運用では、この制度は見直されるべきではあっても、拡大はあってはならないと思います。

来年2024年4月1日以降、この裁量労働制には法改正の予定があります。

https://www.mhlw.go.jp/content/001080850.pdf

一番大きな改正部分は、「専門業務型裁量労働制」の対象とする労働者にも、「本人の同意を得る・同意の撤回の手続きを定める」ことが追加されたこと。

これまで、「企画業務型」には本人同意の義務がありましたが、専門業務型にはありませんでした。

労働時間を自分の裁量で利用することに自信のない人はNOが言える。

もちろん、NOといえない状況においこまれたり、NOをいったからといって不利益な取り扱いがされるようなことはあってはならず、そのための対策が必要ではありますが、ひとつの大事な一歩だと思います。

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アイキャッチは画像生成AIで作成しました。
プロンプト:裁量労働制は危険であることを示すイメージ


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