暗く静まり返った家

役者を志し小さな劇団に所属したものの当然それだけでは食っていけず、流行りの出前配達員の仕事を始めた。
可能な時間に稼ぐことが出来て、俺には最良の仕事だった。
仕事にも慣れて、なんとか生活が出来るだけの収入も得られるようになった。

そんなある日のこと。
その日も自ら決めたノルマも終えてそろそろ帰ろうかと思った時、一件の依頼がスマホに表示された。
店はすぐ近くにあるラーメン屋。
注文者の家も、自転車で十分程の距離だった。
すでに日も落ちて肌寒く少し迷ったが、結局依頼を引き受けてラーメン屋に向かった。
店は盛況で満席だった。
無愛想な店主から料理を受け取ると、今度はスマホのナビを頼りに注文者の家に向かった。

高級そうな一軒家が建ち並ぶ住宅地。通りを歩く人の姿は見えないが、代わりに明かりが灯る家々からは賑やかな声が聞こえてきた。
俺は料理が冷めないようにと急ぐ。

ナビに記された目的地のマークの着いた。
その家もまた二階建ての立派な一軒家で、門扉の向こうには小さな庭と三輪車が見えた。
だが、家の玄関も二階の窓も庭から見える部屋も真っ暗で静まり返っていた。
表札は掠れてよく見えないが、注文者の苗字のようだった。
出先から注文したのだろうか。
そう思いながらも、俺は試しにインターフォンを鳴らした。
ザザザ
家の中と繋がったようでスピーカーから雑音が聞こえた。

「ご注文のお料理をお届けにきました」

インターフォンに向かって話しかけたが、いくら待っても住人からの返答は無く、ただ雑音が聞こえるだけだった。

「すみませーん」

インターフォンをもう一度押した。
すると、今度は玄関の明かりが灯り、すりガラスの向こうに小柄な老婆と小さなお下げの女の子らしきシルエットが並んで現れた。
ようやく人が出てきた。
そう思い安堵したが、その二つの影は微動だにせずに佇んだまま、戸はいつまで経っても開かない。
仕方なく門扉を開けて中に入ろうとした時、スマホの着信音が鳴った。

それは、注文が遅いという男性からの電話だった。
今、家の前にいると伝えると、後方からガチャっというドアの開く音がして、向かいの家から恰幅のいい男性が出てきた。

「あー、こっち、こっち」

その男性は俺に手招きをした。

「注文したの俺」

そう言われ表札を確認すると、確かに注文者と同じ名前だった。

「前の家も同じ名前だったから、よく間違えられる。住所は違うのにさ」

スマホを確認すると、目的地のアイコンが男性の家に変わっていた。

表示がバグっていたのだろうか。
そう思いながら、俺は注文の料理を男性に渡しそうとした時、ふとさっきの家が目に入った。

するの、明かりが灯った玄関はまた暗くなり、二つの影も見えなくなっていた。

「前の家が気になる?」

と注文者の男性は言った。

「後で間違えたことを謝罪しないとと思って」

そう答えると、

「前の家は空き家だよ」
と男性は言った。

「え、でも玄関の電気は着きましたし、人影が二つ見えましたけど」

「数年前にさ、あの家に住んでた婆さんと子供が強盗に殺されたって事件、知らない?」

「えっ、ちょっとわからないです」

「だよね。そういうの最近多いし。両親は事件の後に引っ越して、それ以来ずっと空き家なんだよ。いるとしたら、無念な死を遂げたその二人の霊かなぁ」

そう言いながら、男性は意地悪そうに笑い家の中に帰っていった。

俺はいつも通りに報告を済ませながら、なんとも言えない気持ちになった。

帰り際、暗く静まり返った家の庭から三輪車の錆びたペダルの音が聞こえたような気がした。

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