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【怖い商店街の話】熱帯魚屋

私は幼い頃から両親の影響で熱帯魚が大好きだった。
ある時、ちょうど近所に出来たばかりの熱帯魚屋さんの入口でアルバイト募集の貼り紙を見かけ、私はその店で働くことになった。

店内の照明は控えめ。その代わりに、棚や壁に並んだ水槽の照明がより明るく見える。
それぞれの水槽の中には、岩の模型や水草が揺らめき、まるで海や川の中を覗いているみたい。
そして、それらの水槽にはそれぞれ形も色も大きさも違う熱帯魚たちが優雅に泳いでいる。

私の仕事は主にレジ打ちや雑用や掃除。それと、店で売られていたうさぎの世話。
店長は仕入れや他店舗の手伝いがあって、店にいないことが多い。
暇な時には、熱帯魚を鑑賞しながら、うさぎを可愛がって癒されていた。
店に来るお客さんとも熱帯魚の話で盛り上がり、いつの間にか仲良くなった。

そんなある日のことだった。
その日も常連さんが新しい熱帯魚を買いにやってきた。
精算を済ませた後、世界の熱帯魚について語り合っていると、ふと店の外を見ながお客さんが言った。

「まだあそこに立っているのか。あの人」

「なんです?」

見れば、店の窓ガラスの向こう側で白いつばの広い帽子を被った白いワンピース姿の女性が中を覗くように立っていた。

「わしがここに来る前から、ずっとああして店先で立っていただよ。入りもせず」

「お客さんですかね」

「さあね。何だか、気味が悪いよな。変な人も多いから、あんたも気をつけなよ」

そう言って、お客さんは帰って行った。
白いワンピースの女性は店の中に入ってくることはなかったが、きっと私のように熱帯魚が好きな人なのだろうと思っていた。
そして、私が別のお客さんの対応をしているうちに彼女はいなくなっていた。

翌日、店長からの指示で水槽の掃除をすることになった。
そして蓋を開けた時、水面に二匹の熱帯魚が浮いていた。
飼育環境がどんなによくても、生き物だし死んでしまうのは仕方がない。
報告した時、店長はそう言っていたが、やっぱり死んでしまうのは悲しい。沈んだ心のまま、私は水槽の水の入れ替えたのだった。

けれど、その時は白いワンピースの女性のことなんてまるで頭になかった。

その翌日、私が一人で店番をしている時に、また窓ガラスの向こうにまた白い帽子を被った白いワンピース姿の女性が現れた。その姿は前と同じ。
彼女は店に入ることなく、店の外でただ窓ガラス越しに店内を眺めるだけだった。
またきた。
私は前回より彼女のことが気になった。
顔は帽子のつばでよく見えず、どんな顔をしているのかはわからない。
彼女は一体何を見ているのか。
私は気になり、彼女が向いている方を見てみた。

 

そこには熱帯魚が泳ぐ水槽がいくつも並んでいて、その中の一つの水槽で異変が起こっていた。

その水槽で泳いている魚たちの様子が、他の水槽と比べて明らかにおかしかった。
まるで何かに怯えるかのように、水槽内の魚達が暴れていた。

何が起こったのか。
困惑しながら私が水槽に近づくと、窓ガラスの向こうにいた彼女は立ち去った。

翌日、その水槽で泳いでいた三匹の魚が死んでいた。

その後も、同じようなことが続いた。白いワンピースの女性は店に入ることも無く、ただどこかの水槽を見つめるだけ。しかし、彼女が現れる度に必ず熱帯魚たちが死ぬ。それも何匹も。
相談した時、偶然だと言って気にしていなかった店長も、熱帯魚たちの亡骸を見ているうちに、彼女に対して怒りを覚えるようになっていった。

それまで店長は仕入れや他店舗の手伝いにと忙しく、店に私だけということも多かったが、その白いワンピースの女性に”二度と店に来ないように”と伝えるため、店長が店に張り込むようになった。

そして、白いワンピースの女性が現れた。
彼女を見るのが初めてだった店長は、それまでの意気込みが嘘のように躊躇っていた。
窓ガラスも向こうの白いワンピースの女性は相変わらず、じっと店内の水槽を見ている。
その方向にある水槽の魚達は、やはり他の魚達に比べて様子がおかしかった。

「店長。注意しなくていいんですか」

私がそう言うと、店長は「わかってる」と生唾を飲み込んで、店の外に向かった。
私は店内から店長の様子を伺っていた。
窓ガラスの向こうで、店長が白いワンピースの女性に向かって一方的に何か言っているようだった。
その声は聞こえないが、店長の顔が少し苛立っている様に見えた。
だが、白いワンピースの女性が立ち去ると、店長は満足そうに戻ってきたのだった。
そして、白いワンピースの女性は姿を現さなかった。

しかし、それはじめじめとした梅雨の日のことだった。
朝からどんよりとした曇り空。
今にも降りそうな、そんな黒くて厚い雲が広がっていた。
大気は蒸し暑く、湿気が肌にまとわりつく不快な日だった。

夕方になり、ついに空から大粒の雨が落ちてきた。
店の前を通る人の足が、駆け足に変わった。
雨は一気に強さを増し、店内の酸素ポンプの音すらもかき消されるほどの雨音だった。
路面はあっという間に水浸し。空は雷で光り、雷鳴までも聞こえるようになった。
凄い雨。
私はうさぎに餌を与えながら、窓ガラスの外を見ていた。
すると、店の外に白いワンピースの女性が現れた。
傘も差さずにびしょ濡れのまま、また窓ガラスの向こうに立った。白い帽子のつばの先からは雨が滴っていた。
空は荒れ、雷の閃光と雷鳴が増していった。

すると突然、窓ガラスの向こうで眩い稲光が光り、大きな地響きのような爆音が響き渡った。
同時に店内の明かりが、一瞬にして消えてしまった。
どうやら落雷で停電したようだった。
向かいの店の明かりも、街灯の明かりすらも消えてしまった。
停電のせいで暗くなってしまった店内。
水槽の酸素ポンプは止まり、水槽の照明もほとんどが消えてしまった。
ただ、いくつかの照明は電池式のようで消えてはおらず、揺らめく水と泳ぐ魚達の姿が浮かび上がっていた。

停電で少し動揺しながら、店長に連絡しようと店用の携帯電話を探した。

けれど、店内が暗くて見つけられず苦労していた。
その時、どこからかギリギリギリという歯ぎしりをするような変な音が聞こえてきた。
停電前、店内には私一人しかいなかった。
ドアにはベルがあり、お客さんが入ってくれば大きな音がする。
それもなかった。
けれど、すぐ側に誰かがいる。
音と気配を感じたその時、再び眩い稲光が店内を照らした。

その瞬間、私の目の前に白いワンピースの女性が立っていた。
彼女はギリギリと歯を食いしばり、その目は見開いていた。
驚いた私は、思わず悲鳴をあげて倒れ込んでしまった。
稲光が消えた後、大きな轟音が地響きと共に鳴り響き、私は恐怖で思わず目と耳を塞いだ。
 

少しして轟音が収まり、私は恐る恐る目を開けた。

すると、目の前にいたはずの白いワンピースの女性は消えていたのだった。

停電はすぐに復旧した。
店長は慌てて戻ってきたが停電による被害はなく、店長も私も安堵していた。
けれど、気になるのはあの白いワンピース女性だった。
私は今まで以上に胸騒ぎがした。

そして、その嫌な予感は的中した。

翌日、私が店に出勤すると、店長がフロアの真ん中に座り込んで項垂れていた。

「おはようございます。店長、どうしたのですか?」

「ああ、おはよう」

消え入りそうな声で返事が返ってきた。
挨拶を交わした後、店長は”見てくれよ”と右手を私に見せた。
その手の上には、熱帯魚の死骸が山のように乗っていた。
そして、それを足元にあるビニール袋に入れた。

「全滅だ」

店長はそう呟くと、また項垂れてしまった。
近くにある水槽を見てみると、昨日まで泳いでいた熱帯魚たちがおらず、水草と酸素の泡だけが漂っていた。
熱帯魚がいなくなった水槽はそれだけではなかった。

そして、多くの水槽の水面にはそこで泳いていた熱帯魚たちがすべて浮いていた。
中にはその体が千切れ、漂い、すでに水が濁っていた。
店長が言う通り、店内の全ての熱帯魚が全滅していた。

そして、私が可愛がっていたうさきも、ゲージの中で無残な形で横たわっていた。
その姿は、まるで獣にでも襲われたようだった。

店長は酷く落ち込み、店はしばらく休業することになった。
私も店を辞めざるを得なくなった。

だが、結局その熱帯魚屋は再開することもなく、そのまま閉店してしまった。
別店舗は営業しているようだったが、店長の姿は見かけなかった。
聞いた話では、連絡も取れず行方知れずになったそうだ。

近所なこともあって、閉店した熱帯魚屋の前は今でも時々通り過ぎる。
シャッターには、今も貸店舗募集の張り紙が貼られている。

よく考えると、その場所はよく店が変わる。
新装開店したかと思えば、数年で店を閉じてしまう。

一年足らずで変わったこともある。
その度にあの白いワンピースの女性が現れていたのかはわからないが、少なくとも今は見かけていない。

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