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【中学受験】受験生と私の生活いろいろ

ばたばたしていて、投稿に間が空いてしまった。

関西の試験日は1月中旬が多いですよね。
12月に入ると、いよいよその時を迎える気持ちが高まってくる時期だったかもしれません。

これを書いていて思ったのは、私は本当に勉強を見なかった(笑)
だから特に5年生から6年生の半ばまではほとんど覚えていない(爆)
ただ、保護者会で「他塾と違って5年生の間に6年間の学習を終わらせるというようなことはしないので、比べてしまうと心配になる保護者もおられるかもしれませんが、6年生になってから若干スピードも量も上げるのでその基礎を作っていると考えてほしい」というようなことを言われて、へー、そうなんだあ、まあ、ついていけているからいいんじゃないかな?くらいの安易極まりないお気楽な中受の親でした。
有名な漫画で、中学受験は夫の財力と親の狂気って言っていたけど、うちはどっちも足りなかった・・・

それでも、6年生になると、授業時間数が増えたこともあり、若干スピードが速くなったのと、目標校別の特別授業が始まりました。
目標校別の特別授業は夏くらいからだったでしょうか。例えば灘中なら神戸市東灘区の教室とか、学校に一番近い教室が会場になっていたため、息子は数駅先の目標校対象の教室に初めて電車で通塾する、という経験をしました。
息子の話では、特に女の子の保護者は、お車でお迎えに行っていらしたらしいし、同じ志望校だった仲の良いお友達もお家の方が自宅の最寄り駅までお迎えに来られていたとか。
当初から我が家は、「送り迎えはしない(したくない)」という方針で、最寄り駅までは自転車で行っていたこともあり、お友達のお誘いは断らざるを得なかったのですが、1年後にはこうして電車で通っているはずなのだから、ちょうどいい練習だと思いました。

この頃から、夕食のお弁当作りが始まりました。
私はフルタイム勤務なので、朝、お弁当を作って冷蔵庫に入れておき、息子が塾に行くときに持っていくという生活です。
夫も私もお弁当を持って行っていたので、2人分も3人分も一緒なので大して苦ではなかったのですが、家族で一緒に食べられる間は食べたかったのに、この年でできなくなっちゃうのかぁ、みたいな変な抵抗感はあった。

でも、息子は、受験が終わったあと「お弁当を作ってくれてありがとう」ってお手紙をくれたくらい、うれしかったようです。
一人っ子としては、家族3人お弁当が一緒なのはうれしいと、昔、話してくれたことがあります。

そう、そんなもやもやした気持ちは一瞬で、息子の帰宅が夜10時を過ぎるようになってからは、割と頻繁に夫や友達と飲みに行って、息子が帰ってきてもしらっと「おかえりー」なんてやっていた私です。
あの頃のほうがよく飲みに行っていたような気がする(笑)
これは息子には一生内緒にしておこうと思っています。

そんなお気楽なことばっかり覚えているのですが、周りの友人からは「かなり目が吊り上がっていたやんか」と突っ込まれることも。
その理由は、後日また。

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