勇者ノベリットの冒険(抜粋版2)
「あれは何だろう」
ノベリットはぽつりと呟いた。
一同が見るのはノベリットの視線の先、広がる大空の中の深緑色をした『しみ』の方だ。
それは日頃空を閉める蒼でもなく、鈍色の湿り気をたっぷりと含んだ雲の様でもない。
夜の漆黒でもなければ宵に入る際の燃え尽きる太陽がかざす紅炎でもない。
誰もが言葉を失っていた。
理由は他でもない。
それが常識を外れていて、およそ誰もが生涯で見たことがない異態であったからこそ、胸中にぐすりと燻るのは名指しがたい凶兆の印象と、それに端を発する陽炎のような不安であったからこそ、だ。
広がる深緑の様はある印象を一同に抱かせた。
クウ、とカイザーが犬の喉でうなる。
誰もがそこに押しつぶされそうな黒い不快を覚える。
それはそもそも『カイザー』が発すべき声音でも無ければ、誰もが聞くとは思っていなかった弱音のように響き、耳孔の深奥に届いたからだ。
漠然とした、しかし逃れようのない不安が心をかきむしるのを止められないまま、そこの誰もが彼方の空を見入った。
何が起きようとしているのか。
――――否、我らはそれを知っている。
逃れようのない、万物の至る極点。
その緑はそれを象徴している。
見ただけでそうと分かるのは、それが言葉や観念を超えた単純な真実だからだ。
それは『影』などでは無い。
『見えざる手』でもなければ『触れようとする概念』でもない。
例えば、こうした物事であり事象であるのだろう。
『死』という存在は、万物に等しく訪れて、
だからこそ、
彼らに対しても、一切の容赦が無くて―――
ノベリットがその不安について、
自らの内に折り合いを付けるために、
無理矢理に『名前を付そう』とし、
眼差しを強く、睨み返すそれに切り替えようとしたとき、
その『不安それそのもの』でしか無い緑は、
爆発的に広がり、一瞬で彼らを包み込み、世界を
完全なまでに、包括的に、支配した。