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「はじめまして」のお姉さん達と、海街diaryみたいな生活

「今日は鍋にしよっか」

 休日、ちょっとした用事を済ませて帰るといつも家事をてきぱきこなす、しっかり者のお姉さんが金麦を片手にマックのパソコンと向かい合っていた。

「ただいま戻りました」

 「ただいま」の丁寧な言い方が思いつかなかった私は、こうやって同居人たちに帰ってきたことを伝えていた。

 その後、マック越しに言われたのが鍋の提案だった。正直、最初は「面倒だな」と思っていたことを、今なら白状できる。

 昨年度、大学を休学して「国内インターンシップ」という名目で埼玉を離れ、長野県に住んでいた時期がある。

 住み込み前提のプログラムだったので、受け入れ団体もきちんと事前に住む場所を用意してくれていた。でもいざ長野に行ってみると、私が住まわせてもらう予定だった場所を運営していた団体がその場所を手離してしまうことになって、急遽シェアハウスに転がり込むことになった。

 そのシェアハウスはインターンの受け入れ先になってくださった団体の代表が運営していて、かっこよく言えば古民家を掃除・改修して人が住める状態にした「リノベーション物件」。

 元々お蕎麦屋さんだった建物らしく、住人や周囲の人たちは「蕎麦屋」と呼んでいた。

「蕎麦屋しかないなあ」

 ぼんやりとそんな結論になって、突然シェアハウスに住むことになった。当時蕎麦屋に住んでいたインターン先の社員さん(つまり、私の上司にあたる人)と一緒に蕎麦屋に行ってみると、住人の二人のお姉さんが鍋を用意して待っていてくれた。

「よろしくね」

 二人ともニコニコと挨拶をしてくれた。上司も含めて20代後半の三人のお姉さんが、その時の蕎麦屋の住人。(この後増えたり減ったりする)

 色々案内してもらったり、買い物をさせてもらってから来たので21時くらいにはなっていたと思う。

 でも、お姉さんたちは、その日の夕方くらいに急に一緒に住むことになった見ず知らずの私のために仕事の後に買い物に行って、鍋をつくって、食べないで待っていてくれたんだって、今になって思い出してじーんとしている。

 2月の終わり、雪こそ降っていなかったけど、とても寒い日のこと。

 炬燵以外に暖房器具のない部屋で、四人で小さくまとまって鍋をせっせと食べた。少し話したけど、30分くらいしたところで1人のお姉さんが突然立ち上がって、お風呂場らしき場所に向かっていった。

「お湯はりをします」

 しんとした冬の夜に、短いアナウンスと、お湯が流れ出す流水音。

「お風呂入ってゆっくり休んでね。今日は疲れたでしょ」

 そのお姉さんは笑顔でそう言ってから、自分の分の食器を片付けて二階に上がって行ってしまった。二階にそれぞれの個室があるというのが、蕎麦屋の構造。

 私が、10分くらい鍋をつついたら、とりあえずの空腹は満たせてしまって、手持ち無沙汰になってそわそわしていたことを、ちゃんと見ていてくれたのだと思う。

 もう1人のお姉さんも「私も朝シャン派だから、めいちゃん入っちゃって大丈夫だよ」と言ってくれた。朝シャンばかりじゃなかったことを、今の私は知っている。

 上司は炬燵でうとうとしていた。この後もずっとそうなのだけど、この上司は夜中炬燵に入るとそのまま寝てしまうタイプの人で、他の二人のお姉さんもこれには慣れっこだった。

「部屋で寝ないと風邪引きますよ」

 蕎麦屋の住人の中では上司が最年長だったから、お姉さんたちは上司には敬語で話す。私にとっては三人ともお姉さんで、常に敬語だったけど。

 長野に来る前に「住む場所はシェアハウスだから」と言われていたら、違うプログラムを探していたと思う。1日2日ならともかく、長期間見ず知らずの人達と同じ空間で生活するなんてイメージが出来なかった。

 でも、それぞれ違う仕事をしているお姉さんたちとの共同生活は、温かくて心地がよくて、慣れるまでには時間が必要だったけど、楽しかった。

 だから、数か月後に鍋の誘いを受ける頃には、「嫌だな」「面倒だな」よりも「楽しそう」「みんなで食べた方がごはんは美味しい」という気持ちの方が大きくなっていた。

「私お酒飲んじゃってるから、歩きで買い物行くしかないけど」

 お姉さんは自分が関わっていた大きい仕事がその日に終わって、1人で祝杯をあげていたらしい。

「あ、わたし、運転できます」

 時折お姉さんにお味噌汁やカレーをご馳走になっていた私は、咄嗟にそう応えていた。「沢山作っちゃったから、食べて」って、二口しかないコンロの上に蓋をした鍋がある時は、いつもちょっと嬉しかった。

「お、じゃあ買い出し行こう」

 タイミング良くもう1人のお姉さんも帰ってきたので3人でスーパーに出かけた。鍋の中身は思い出せないけど、鍋の後にウクレレを教えてもらった気がする。上司はその頃、別の場所に引っ越すことを考えていたから、蕎麦屋に帰ってくる回数は減っていた。

 三人の個性的すぎるお姉さんたちと、急に転がり込んだ私。

 大学で借りた「海街diary」を観ていたら、急に去年の冬が懐かしくなりました。

自分の足で立つことを、じっと考えさせられた日々。

お姉さんたちもそれぞれの道に進んだから、今はもう蕎麦屋には住んでいないと思う。

元気にしてるかな。私は元気です。

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