お母さんになる、お姉さん
「よく知ってるねえ」
いや、これを教えてくれたのは貴女ですよ、お姉さん。
これは、この間とはまた違うお姉さんの話。こうして振り返ってみると、血の繋がりのない「お姉さん」が周りに沢山いることに驚く。
小学生の頃、地区の集まりで「クリスマス会」をやってくれるお兄さん・お姉さんたちがいた。
うちの地域では「子供会」と呼ばれていて、地域に住んでいる/または通勤しているお兄さん・お姉さんたちがボランティアでサンタさんになってくれた。幼馴染たちと一緒に遊んだり、工作ができる年に1回のイベントが小学生の頃は楽しみだった。
いつしか私はそんな「お姉さん」側になっていて、小学生の頃に見上げていたお兄さん・お姉さんたちと今では一緒にお酒を飲んだりする。
その内の一人のお姉さんは看護師。
高校に入ったあたりから、色んな話をするようになった。
「背が低い人の初産は早い方がいい」とか
「お腹が大きくなる前の方が妊婦さんはしんどい」とか
学校の友達とは面と向かって話せないような、
女性の身体にまつわることを教えてくれたのは、この看護師のお姉さん。
お姉さんの言葉は、頭の片隅に残っているというか、「ねこふんじゃった」みたいに、然るべきタイミングにすっと出てくるようにしまってある。
電車に乗っている時、駅に止まる度にあたりを見渡す若い女の人を見つけて、じっと見ていたら鞄に揺れるマタニティマークを見つけた。私は座っていて、その人は立っていた。車内は混雑していて、座席の前には立っている人の列ができていた。
「あの、どうぞ」
迷うより行動だと思って声をかけたら、ちょっと一瞬、変な空気になった気がする。声をかけられた女の人も驚いたような顔をしていたし、これは勝手な思い込みでしかないのだけど、肌も浅黒くて健康的な血色の人だったから、私も「間違えたかな」と思った。
とりあえずそのお姉さんは座って、代わりに立った私は周囲の視線が怖くてスマホを眺めるフリをした。マタニティマークをググったりして、ひとりでドキドキ。「席を譲ってもらいたいから妊婦でなくてもつける人がいる」とか、「赤ちゃんができない人への配慮でつけない人が増えている」とか、嘘か本当か判別のつかない情報ばかりが流れていった。
私もいつか、こういうことを考える、当事者になるのだろうか。
お姉さんは二駅あとに降りていった。
「あの、どうもありがとうございました」
声をかけた時はお姉さんの顔を見る余裕がなかったけど、
降り際に、逃げるように距離をとっていた私のところまで来てわざわざ声をかけてくださった時の笑顔は、とても綺麗だった。
間違ってはいなかったと確信した。これだけが真実。
母は強し。
すごく元気をもらえた気がする。
こちらこそ、ありがとうございました。
例のごとく就職活動中の出来事だったので、こういう「ありがとう」は真っ直ぐに力になってくれる。
頑張るぞ、と思って目的地までの乗換案内を検索し直していた夏の日。
話は戻って、看護師のお姉さんと先日久々に会ったら
お腹が大きくなっていて驚いた。
数年前に結婚していたことは知っていたけど、大学に入ってからは子供会の活動にしっかり参加できていなかったから何のお祝いの準備もできていなかった。
「おめでとうございます」
「今ね、6ヶ月なんだ」
1年ほど会っていなかったけど、小学生の頃と全く変わらない距離感のまま、ファミレスでご飯を食べた。その日は今度子供会で実施するキャンプの企画会議の日で、私は久々の参加だったから見知らぬ顔も増えていてそわそわしていた。
「お腹、大きくなる前が辛いんですよね」
思い出したように言ってみると、お姉さんは大きく目を見開いて驚いた。
「よく知ってるね!物知り~」
なんて言うから
「いや、お姉さんに教わったんですよ」
って返したら、お姉さんは大きな目を今度はパチパチさせて
「そうだっけ」
と首をかしげた。
その後もいくつかお姉さんにご教授いただいた知識を振り返ってみたけれど、どれも「物知り~」という結論になったので途中でやめた。
何事も言った方は大して気にしていないし、覚えていない説、濃厚。
こっちはこんなに覚えていて、気にしていたりするのに。
「めいがキャンプ来てくれるの嬉しいよ。ありがとね」
自分の身体を大事にしなければいけない時期なのに、今でも他所の子どもにこうして目をかけてくれるお姉さんは、きっと素敵なお母さんになるんだろうな。
成人式の日にもメールをくれて、「私の妹よ!」なんて言ってくれた人がお母さんかあ。なんだか実感が湧かない。
私にとって、いつまでも憧れのお姉さん。
いつかの将来、私が当事者になってあれこれ悩み出してしまったら、相談しにいこうなんて思いながら「なんでもしますよ、暇なんで」と、キャンプの役割分担に手を挙げていた。お世話になった分を、こうして返していかないと。
「ありがとう。頼りにしてる!」
どんな時でも「妹」にしてくれるお姉さんの言葉を、今日も私はありがたく思っている。