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幸せな街バルセロナを一人旅中に振られた女

一人旅中のバルセロナで振られた。
意味がわからないと思うのでしっかり書くと、一人旅中のバルセロナで、時差と距離を乗り越えて雑談するために電話していた、まるで彼氏のような距離感の男に、「付き合う気はない」と言われた。
しっかり書いたら余計に意味がわからない。

1年近くデートしていた。ここ数ヶ月はまるでカップルみたいなデートをしていた。日々のささいな幸せも失敗も、綺麗な景色も、読んだ本も見た映画も、それらを通して感じ考えたことも、全部伝え合っていた。
「寂しいね」と言い合って私は旅に出た。一人旅なんて慣れたものなのに、出発前の空港で初めて泣いた。でも、「写真を共有してコメントし合って、チルタイムに電話すれば寂しくないね」「一緒に旅してるみたいだね」と言い合って旅行中を過ごした。
そんなカップルごっこの延長で、サグラダファミリアに感動してステンドグラスのリングまで買った直後の私は、バルセロナの中心部を歩きながら、そんなカップルごっこの相手に振られた。

2時間の電話が終わり19時前。電話が終わったら食べると話していたパエリアも、食べる気になんてならない。タパスでもつまもうかと歩きながらバルを覗くものの、どれもピンとこない。食べ物だけじゃない、何もかもがピンとこない。

前日に初めて降り立ったバルセロナという街を、私は大いに気に入っていた。公園やビーチにたくさんの人が集まり、テラス席で盛り上がり、「みんなが幸せそう」。私が抱いた第一印象だった。みんなが幸せそうなこの街で、今は私が1番不幸で惨めな自信があった。不幸な私には、この街がピンとこないんだ。

いっそ幸せの街で不幸に浸ろうかと思った。賑わう街の片隅で泣いてでもいれば、ヒロイン気分を味わえそうだ。でもそれすらピンとこない。悲しみに浸って街中で号泣するほどには、悲しみもピンときていない。

日が長いスペインとはいえ、20時前には日が沈む時期。慣れない海外の街で1人、夜は特に気が抜けない。さらに今はメンタルも不安定。早く帰った方がいい。こんな時にも捨てきれない理性がまともな判断をした。地下鉄に乗り、ホテルに向かう。最寄り駅からホテルに向かう途中でも、「食欲はなくても何か栄養を摂らなきゃ」と、捨てきれない理性が黙っていてはくれず、スーパーに寄りサラダを買う。

海外を一人旅中に振られる女。
映画だったら、公園のベンチで泣いていると隣に腰掛けたおばあちゃんが、地元のお菓子を差し出しながら「男なんて星の数ほどいる」という現地のことわざを教えてくれて、「何があったか知らないけど、あなたは美しい。人生は素晴らしい」と励ましてくれるのに。
それか、バーでヤケ酒してると隣に一人旅中のイケメン日本人が現れて意気投合、帰国後即結婚するのに。
そうか、映画だけで起きる運命の出会いは、理性を吹っ飛ばさないと降ってこないんだ。

ホテルに戻り20時、日本は深夜3時。いくら金曜の夜とはいえもう寝てるだろうと思いながらも、この恋の経緯を知っている友人数人に、失恋を報告する。当然、返事はない。サラダをとりあえず口に運ぶけど、何をしたらいいかわからない。何がしたいか、わからない。ホテルに戻ったって、何もピンとはこない。

でも幸か不幸か、私は旅を続けなければならない。自由で気楽な一人旅も案外忙しい。変換アダプターが1つしかないので、スマホにカメラ、モバイルバッテリーを効率よく充電する必要がある。明日にはこのホテルを出るので荷物をまとめなきゃいけない。南の街に行くので、天気を考えて明日の服を決めないと。長距離電車の出発地を確認して、時刻表通りには来ない地下鉄での移動時間を計算する必要がある。何より明日だって早起きだ。
ちゃんとやらないと、旅をこなせない。つらくても、楽しめる気なんてしなくても、ちゃんとやらないと、私は泊まる場所にたどり着けず、日本にも帰れなくなる。

気持ちとしては不幸だけど、幸でもある気はした。これがただの日本の金曜日だったら、私は翌日の土曜を、ただ寝て過ごしただろう。土曜どころじゃない、日曜も。週末丸ごと。
それどころか、週末がどうなってもいい私なら、金曜の遅くから適当にバーにでも入って、適当にマッチングアプリでも登録して、適当な男に会ってしまったかもしれない。それはやる前から最悪だとわかっていながらも、それくらいしか気を紛らわせる方法がない気がしてやってしまう、きっと最悪な時間の潰し方。まあ理性を吹っ飛ばせない私は、日本でもたぶんこんなことはできないけど。

旅行中は、泊まる場所も乗る飛行機も決まっているから、その通りに移動はしないといけない。慣れない海外の街で、注意が必要なことがたくさんあるから、気も張っている。ちょうどいいかも、そう思えた。

サラダを食べ終えてベッドでゴロゴロしながらこんなことを考えて、シャワーを浴びなきゃと起き上がった。
スマホをベッドに投げつけた。
もちろん、布団がふかふかなところを目掛けて。チキンで真面目で海外旅行中の私なので。でもたぶん、初めてだった。
人生で初めて、スマホを投げつけた。

感情がわからなかった。泣きたいくらい悲しいのに涙は出てこない。相手への怒りも大きいのに嫌いになれない。それ以前に、「さっきはごめん、(中略)やっぱり付き合いたい」なんて都合のいいメッセージでも来ることを期待してたんだと思う。(中略)にどんな言葉があっても成り立つ気がしないメッセージなのに。
ハッピーエンドかバッドエンドか、話の結末が決まらなきゃ、感情だって決まるはずがない。でもどうしようもなく不幸なのは間違いなくて、やりきれなくて、スマホを投げた。海外旅行中でも電話ができてしまう、スマホへの恨みもあったのかもしれない。

無傷のスマホを拾い上げ、彼と聴いていたエモい曲や失恋ソングを流しながらシャワーを浴びる。ちょっとずつ涙が出てくる。
音楽ってすごい、それが悲しみであれ、ちゃんと感情を促してくれる。

眠りに就こうとした日本の7時前、土曜から早起きの友人から返信が来た。まずは私を心配してくれた。私を振った男は、電話を切る時には「気をつけて」と言ってくれたけど、その後に連絡はなかった。バルセロナで夜、1人傷心状態で帰路につかなきゃいけない私を気遣うメッセージがあってもいいんじゃないかと、待っていたことに気づいた。

早起きで優しい友人と、少しやりとりをする。でも日本の朝日が高くなるほどに、私を振った男も起きてくるはずだと気づいてしまう。起きてもまだLINEの1つもくれないのかと気になってしまう。眠れる気はしないけど、スマホを置いて、目を閉じた。
幸せな街での最悪な1日を強制終了する。

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