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 ポールは自分で死のうと決めた。
 きっかけは一滴の恐怖。ぽつん。
 本当にぽつんという音がしたのだ。ぴちょんでも、どぼんでもない。より正確には「ぽ」と「つん」にほんの僅かな間があった。海に降り注ぐ雨音のなかから一滴分の音だけを取り出したときの音に似ている。街中に降り注ぐ雨音ではいけない。街の雨粒は海のそれよりも小さいし、街は広大で重厚な水面をもたない。海の雨音を長い時間かけてろ過して、ようやく滴り落ちてきた一滴の音。ぽつん。 

 ポールはタカシの訃報を聞いて、呆然と立ちつくしていた。どれだけの時間が経ったか分からない。時間が経つほどに音が遠くのほうへ吸い込まれていって、やがて何も聞こえなくなった。目の前の田んぼには、無音で田植え機が走っていた。無音で走る田植え機の後には苗が整然と並んでいる。エンジンの低音で力強い音も、ローラー部分のリズミカルな音も無い。
 無音の風景。全てが各々の意味を完全に備えていても、この瞬間に存在するための要素を失っていた。音に存在を左右するほどの力があることを、このとき初めて知った。
 
 ぽつんと聞こえた。無駄な共鳴は一切なく、簡潔な一音だった。聞こえたすぐあとに、これが恐怖の音だと知った。遠くのほうから音が少しずつ返ってきた。辺りはテレビの砂嵐の音でいっぱいになった。音が塊のままになっているのだ。ポールは音の塊から一つずつ音を取り出して、その音にふさわしいモノを選び、音を与えた。


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