消費される絵画
最近一番怖いことがある。
世の中の芸術品が、まるで、消費物のように感じられてしまうことだ。
Instagramで好きな海外の画家や、日本の絵師などを見る。
前と変わらずそこには素晴らしい絵が並んでいるのに、私が勝手に絵の色を食べて私の体が膨らみ、色の奪われた絵がまた画面上に戻っていく。
例えば、Twitterで3万くらいツイートをしている人の初期の呟きを見れることはほとんどない。言葉が山積みになって無駄に生まれていく中、その言葉たちは「言ったけど、言われてない」。まるで無かったもののような存在に近づいていく。
消費。私は作品を消費、しているのだろうか?
素晴らしい作品を消費しているのは、私が変わったから?それとも、社会の空気が変わったから?
いやぁね、本当。素晴らしいものを素晴らしいと感じられない心になるのだけは、もう嫌なのよ、私。
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