わたしたちへ/カネコアヤノ レビュー

カネコアヤノ『わたしたちへ』
歌詞全文

あの子は誰よりも退屈に慣れてる
こちらを見て 泣いたりはしない
真夏の日差しに育てられた
母よりも怖いくらい
私でいるために心の隅の話をしよう
変わりたい 変われない
変わりたい 代わりがいない私たち
私たち
あの子の目の奥はいつも何か信じて
いるようで そらせない
部屋の片隅でくすぶる熱
ささやかな優しさと
歩き方さえ羨ましいよ
寄りかかることがこわい
愛ゆえに
私でいるために心の隅の話をしよう
変わりたい 変われない
変わりたい 代わりがいない私たち
私たち

まず印象的なのが曲の始まりである。記憶を駆け巡るような疾走感がその後の静寂を際立たせ、思わず聴覚を研ぎ澄ませてしまう。
変わりたい、変われない、代わりがいないすべての「わたしたち」の曲。日常のすぐ傍で生活に寄り添う写実的精神と、概念的な話、輪郭のぼんやりさ、余韻を行ったり来たり

あの子は誰よりも退屈に慣れてる
こちらを見て 泣いたりはしない

変化のない日々に飽き飽きしているとき、つまらないな、なにか楽しいことないかな、と思う。そんなとき惰性と分かっていながらもお金や時間を浪費し、一時的に心の何かを埋めようとする。退屈に慣れるということは、そうした惰性からの脱却である。もちろん日々を彩ることも大切だが、暮らしという平凡を愛せなければ私たちは瞬時に刺激と欲望の奴隷と化す。「わたし」が鮮度の高い「わたし」でいるために、外に求めてはいけないものがあるということだ。心のコップは自らの中で満たす必要があるということだ。
あの子はそんな時、こちらを見て泣いたりはしない。誰かが差し伸べる手を頼りにしない。助けを乞うようなことはしない。

あの子の目の奥はいつも何か信じて
いるようで そらせない

あの子の強さの根拠は、信念とでもいうか。
目の奥に宿る想い、強い信念、そらせない眼差し。
部屋の片隅でくすぶる熱、ささやかな優しさ、歩き方…。
きっと”あの子"が持つ強さは頑丈な棒のようなものではなく、一本の透明な糸のようなものだと思う。柔らかくて軽やかで、芯がある。
あの子みたいになりたい。
この曲を聞くたびにそう思う。

寄りかかることが怖い 愛ゆえに

このフレーズによって楽曲全体が”あの子”の歌ではなく「わたしたち」の歌になる。

愛を持ってしまった人間は脆い。愛ゆえの脆さも危うさも臆病さも、飼い慣らせるようになりたい。いや、飼い慣らせるようになんてなるな。一生ジタバタと愛に足掻いていたい。その方が人間らしくって愛おしくてたまらないだろう?足掻き、もがきながら、懸命に、心の隅の話をしよう。わたしがわたしでいるために。自分を大事にするって自分の信念を大切にすることだと思うから。

"あの子"が持つしなやかな強さ。憧れ。
変わりたい願望、変われない葛藤。
愛ゆえの脆さがあっていいこと。
むしろ弱さが愛おしいこと。
代わりがいない「わたしたち」への受容と肯定。
愛しさがつい、こみ上げてしまう、
「わたしたちへ」のラブ(愛)ソングだ。

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