ショート・シナリオ「酉の市の女」
○新宿駅・全景
○歌舞伎町一番街・アーチ
○花園神社・大鳥居
T・「一の酉・前夜祭」
○同・境内
酉の市の準備でにぎわう境内。
○同・拝殿
拝殿の前で和服姿の根本美雪(28)が手を合わせて
いる。
室井秀二(38)が集金バックを下げて裏門から入っ
てくる。
拝殿の脇を通る室井。
熱心にお参りしている美雪の姿を目にし立ち止る室井。
美雪の姿に見ほれる室井。室井の口元がゆるむ。
登場人物 室井秀二(38)「和食処・小幸」の板長
根本美雪(30)ホステス
根本あき(70)テキヤ
山口淳(26)「小幸」の板前
川崎みどり(25)「小幸」の従業員
○「和食処・小幸」・外観
雑居ビルの一階にある日本料理店。
「和食処・小幸」の看板。
入口にかかっている「準備中」のプレート。
入口の脇に小さな黒板。白墨で書かれているさんまの絵。
○同・店内
テーブル席が20席。カウンター席が7席ほどの店内。
酉の市の縁起熊手も飾られている。
山口淳(24)は仕込みの最中である。
川崎みどり(22)が店内の掃除をしている。
みどり「一の酉が終われば、次の日は休業日でしょ。
ねえ、板長も誘ってどっか行かない?このところ、お弁当ば
かり出ていて、板長だって腕の振るいようがないわよ。
まあ、こんな時だから、つぶれないだけいいけどさ。」
山口「その日が何の日か知ってんの?」
みどり、驚いて山口を見る。
山口「板長の奥さんの命日だよ」
みどり「え、そうだったの。知らなかった」
しんみりとする二人。
そこに、室井が帰ってくる。
山口・川崎「(声を揃えて)おかえりなさい」
にっこり微笑む室井の顔。
○花園神社・境内
熊手商や露店が並んでいる。
○同・唐辛子売りの露店
「やげん掘り・七味唐辛子」の幕が下がっている露店。
根本あき(75)が店番をしている。
その隣に美雪が座っている。
美雪は、右手に小さな熊手を持っている。
熊手で左手のひらをゆっくりかきながら
美雪「おばあちゃん。いいかげん、引退したらどうなの。
この寒い中、なに好き好んでこんなこと」
あき「はばかりさま。あたしゃ、まだまだ達者でござんす。
お前の世話にはならないよ」
美雪、きっとなって、あきを見る。
美雪「わたしね、御苑が見渡せるマンションを買ったんだ
から。2LDKよ。このコロナがなければ、自分のお店
を出す話だってあったんだから。
でも、いいの、こんなのに負けない。
マンションだって現金で買ったんだから。
おばあちゃん、ひとりぐらい楽させてあげるわよ」
あき、聴こえないふりをして、唐辛子を調合している。
美雪「十年よ。この世界にはいって十年、ひとりでがんばって
ここまできたんだから。」
泣きそうになる美雪の顔。
あき「よしとくれ。お前の泣き顔なんざ見たくないよ。
景気がいいならもっとうれしそうにしてればいいじゃないか」
美雪、溜息をつき、熊手を見る。
美雪「熊手の手って、どうしてこんなに隙間があいてるのかしら、
幸せなんかみんな逃げちゃうじゃない。集めても集めても…」
美雪をじっと見つめるあきの顔。
○「和食処・小幸」・入口
山口が黒板に熊手や提灯を書いている。
通りがかった美雪がそれを覗き込む。
美雪「まあ、お上手。絵描きさんみたい」
山口、振り返って美雪に気付く。艶然と微笑む美雪。
動揺する山口の顔。
○同・店内(夜)
カウンターで食事をしている美雪。
カウンターの中では、室井が魚をさばいている。
山口は魚を焼いている。
室井の手元をじっと見ている美雪。
真剣な室井の顔。
山口が美雪の様子をチラチラとうかがっている。
みどりが美雪に無愛想にお茶をだす。
○花園神社・大鳥居
T・「一の酉・本祭」
○「和食処・小幸」・入口
山口が黒板に着物姿の女性の絵を描いている。
それをみどりが覗き込む。
みどり「魚の絵にしなさいよ。ノドグロでも真鯛でも、
本日のおすすめがあるでしょ」
山口「いいじゃないか。酉の市なんだし。
ところでさ、ピカソって4回も結婚しているんだぜ。
それも美人ばかりと。
なあ、いい料理人も芸術家と同じなんだよなあ」
けげんそうに山口を見るみどり。
山口「美意識が高いところがさ」
得意げな山口にあきれるみどり。
つづく
最期まで読んでくださってありがとうございます。誰かに読んでもらえるなんて、それだけで嬉しいです。もし、気に入っていただけたら、スキしていただければもちろんもっと嬉しいです。よろしくお願いします。