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『セカイ、蛮族、ぼく。』から『虐殺器官』を読み解く。/伊藤計劃研究
要旨:読み比べると興味深い点が出てくるよ、て話です。
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バカSF。なぜ蛮族。なぜ『グラディエーター』。
短編『セカイ、蛮族、ぼく。』に対する感想は、こんな所でしょうか。
内容は勢いあまりアホそのもの。
冒頭からして、テンポは恐ろしく早い。
「遅刻遅刻遅刻ぅ〜」
と甲高い声で叫ぶその口で同時に食パンをくわえた器用な女の子が、勢い良く曲り角から飛び出してきてぼくに激しくぶつかって転倒したので犯した。
ひどい話だと思う。ぼくだって好きこのんでこんなことをしたわけじゃない。なんで彼女の制服を引き裂いて無残にも彼女の純潔を奪わねばならなかったかというと、それはぼくが蛮族だからだ。
批評としてのツッコミどころは以下になります。
・蛮族くん(仮)の行動は何をどう転んでも蛮族である
・しかし蛮族くん(仮)は、自意識の上では他の蛮族とは違うつもりでいる
・行動と自意識のギャップに、読者は「お前どう見ても蛮族だろ!」となる
この「お前どう見ても蛮族だろ!」は、さらなる描写で裏打ちされます。
だからぼくはそんな事を言う連中の首筋や頭蓋にアックスを叩きつけなきゃいけなくなる。そんな血の海地獄を繰り返すくらいなら、おおざっぱにゲルマン人と名乗ったほうがどんなにマシだろうか。
これほどまでに自省という言葉を欠いてずるずると生きていちゃ、いけないんだ。父さんとか母さんみたいな、醜い生を醜いとも思わずに、所与のものとして享受してはいけないんだ。昼休み、弁当や購買で買った焼きそばロールを頬張るクラスメートから距離を置いて、斧の柄を肩にもたせ掛け、脚を机に投げ出しながら、生肉にかぶりつくぼくはそんなことを考えている。蛮族であるという逃れ難い運命を憎みながら、骨付き肉を頬張る。罪と罰。野蛮と文明。ぼくは矛盾だ。ぼくは蛮族の世界の大いなる矛盾の針先だ。
最初は「えっ比喩かな……」と思うも、まあ比喩じゃないですね。
アックスを叩きつけ生肉をかじる。いやどう見ても。
見た目も蛮族、行動も蛮族。頭脳こそ青二才ですが、外面には一切反映されていない。つまり作中では誰にも分かりません。テキストを読む側にだけギャップが分かる訳です。
知性も慎みもかけらもない、喉から発する、コトバであるべき音の連なりを、獣の咆哮にまで貶めた、そんな蛮族の唸りをあげなければならないだろう。
セカイは、ぼくを、ぼくがそうありたいようには決してさせてくれない。
蛮族であることから逃れられるのであれば、ぼくはよろこんで目玉をふたつ捧げよう。
これにも当然ツッコミがある訳です。「いや無理でしょ」「本当にそのつもりがあるなら今すぐ出来るじゃん」と。
セカイのせいにしてるけど、やってる事はマジで蛮族だし。
外面と内面。ギャップをこうも露骨に提示されると、コメディでしかあり得ません。読んでて思わず突っ込まざるを得ない訳ですから。
そしてここまで考えると、ひとつ疑問が浮かびます。
「じゃあギャップが露骨でなかったら?」――つまり蛮族くん(仮)がそこまで蛮族でなく、言い訳もまずまずだったら?
もうお分かりでしょう。素朴で露骨な『虐殺器官』こそが『セカイ、蛮族、ぼく。』なのですね。
実際、『虐殺器官』のクラヴィス・シェパードには相当なギャップが存在しています。
28歳前後での大尉も異例の出世ではあるが、ここでは置こう。作中事実として、クラヴィスは創設間もない特殊部隊への「50倍の選抜」をくぐり抜けている。その特殊部隊ではさらに、複数人の部下を率いている(中略)
・クラヴィスは冒頭から部下を従えており、指示も行動も的確
・設立間もない特殊部隊に志願し「五十倍の選抜テスト」を通過
・特殊部隊では常に部下を率いている(中略)
28歳前後で既に歴戦の軍人である――そう称して過言ではあるまい。
冷静に考えるとツッコミどころがある訳ですね。「いろいろ言ってるけど、結局は殺し屋やんけ」と。相当有能で、特殊部隊に志願するほどやる気もあるじゃないか、と。
こう考えてみると、『虐殺器官』と『セカイ、蛮族、ぼく。』は案外近い。少なくとも、外面と内面のギャップについての話なのは同じです。
同じ話のはずですが、ある意味で『虐殺器官』は失敗しました。
いや、成功しすぎた、と言うべきでしょうか。
クラヴィス・シェパードの言い訳はもっともらしく、有能さと青二才のギャップは、作中から拾い集めなければ分からない。誰もがツッコミを入れるにしては、読む難易度が高すぎた訳です。
読まれるはずだった、『虐殺器官』の理想像。そんな理想の『虐殺器官』こそが、『セカイ、蛮族、ぼく。』であったのかも知れません。 (完)
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