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「どんなに暗くても、星は輝いている。」
────ラルフ・ワルド・エマーソン


 星が世界を照らさなくなってから、50年は経つ。太陽さえも人間には不必要となった。何故なら、街の真ん中にある千年塔から燦々とそそがれるアティフィシャルな光が、街を照らしてくれるからである。毎日23時に決まって塔の光は消灯され、毎日6時に決まって塔は光出すのである。

 山神透は18歳にして、普通の高校生である。彼はこの千年塔の街で生まれ育った。山神透は、一回だけでも星が見たかった。ある日、学習書を古本屋で探していた時に、偶然見つけた禁書に星についての記載があったのを発見したからである。
 当局は星についての記載された本を禁止していた。なぜかは知らない。星が人間に何か危害があるのだろうか。塔が消灯されても光は絶えることはなかったから星が視えることはなかった。太陽は100年前のダイアナ計画で消えてしまい、月以外に星があることをこの街の子供は知らない。しかし風の噂で知るものもいる。そんな程度だった。
 山神も例外なくその子供であった。山神は、当局の掟である23時以降に街の外への出て、星を見ようと考えた。しめしめ、23時以降なら塔の光が届かないから、街の外なら星が見られるぞ、とワルガキの山神は考えたわけである。ちょうど、私達の世界の人たちがドラッグやマリファにハマるように、山神は星を求めた。

 「父さん!明日は薬袋君の家に泊まって研究レポートを終わらせるよ。」

 リビングの父にそう言うと、山神はバッグに杖と変装用のマスク、水筒、双眼鏡を入れて明日を待ち望みにした。
 
 明くる日、山神は高校が終わるとすぐに家に帰り、そそくさと前日から準備していたバッグを持って薬袋の家に行った。

 「なんだぁ?小テストの答えなら教えないぞ。」

 薬袋は今から入浴するところらしく、崩れた制服で出迎えた。山神は意気揚々と目を輝かせて、事情を説明する。薬袋は「わかった、わかった」と山神を宥めて、街の壁をコッソリ越えられる抜け道を教えた。
 山神は言うとおりに従った。大銀杏通りの朱雀スクランブルの西側の道にある電自販機専門店の裏の小道に行くと、そこには確かに錆びれたトタンの小屋があった。看板には「狸屋」と書かれている。中に入ると、外部隧道への階段があった。昔は抵抗軍が使っていたが、今ではワルガキが街の外に出て、人知れず逢瀬をする為に使う場所である。
 隧道は煌々と灯りがついていて、明るかった。灯りは魔法でつけられたもので、そう簡単には消えないものだろう。
 暫く隧道を歩き続けて外に出た。街から約2キロ離れた小高い丘に出てきた。野草が生い茂り、蟋蟀が鳴いている。街の中心に聳える千年塔は、まだ煌々と光を放っていて、ここも例外なく昼間の様に明るいのである。山神は、丘のてっぺんの草原で、ぼうと座って待っていた。
 1時間ほど経って、塔が消灯されて、僅かな街灯──と言っても、光害で星が見えないほど明るい──だけが煌めいている。これでは星は見られないではないか。
 山神は街とは反対方向の西側を飛ぶことにした。バッグから杖を出した。3キロ先まで歩けば魔法で飛べる。3キロほど歩いたところで、山神は一気に遠くまで飛ぶことにした。

 もうかれこれ50キロは飛んだだろう。山神は、魔力の酷使で額から汗がダラダラと流れていた。山神は一旦森の中に着地した。周りは真っ暗だった。虚ろな暗さだ。飛んで胃るうちは杖から光が出るので気付かなかった。

 「助けてくれ!」

 山神は思わず叫んでしまった。虚ろな闇が自分を覆ってきたのだ。いくら魔法があれど、科学の叡智である千年塔があれど、闇が最も恐ろしいものだと山神はその時18年生きて初めて学んだのである。山神は闇に向かって赤魔法を飛ばした。しかし、赤魔法は当たらないのだ!
 闇は存在するが、存在しない。信じられない事だが、闇はすぐそこに居ながら何処にもいない。しかし、信じられないということがもう既に信じられなかった。山神は森の中で見えない上に存在しない敵と戦った。

 「出てこい!お前はどこにいる!」

 闇は深淵であった。そのくせ、闇は此方を常に覗いては、無自覚に抱擁してくるのだ!暗澹とした森の中で、山神は混乱してきた。ハァハァと呼吸を荒げながら、遂には汚れるのも気にせず、大の字に気にせず倒れこんでしまった。疲弊していたのだろう。その時、初めて夜空を見たのだ。
 
 「あぁ!これが!」

 白や赤の粒の様な光が幾千、幾万も夜空に並べられていた。闇は一気に、煌めく星を際立たせる役になってしまった。闇は人間に対し強い。しかし闇は光に対し恐ろしく無力だ。だから、人間は千年塔を建設して、闇から逃れたのだ。だが、千年塔が産まれる以前から、宇宙が産まれた時から、闇に抗い続けるものがいた。それが星だった。星の輝きは、人間が火を知り、電気を知り、そして魔法を知るまでは唯一無二の存在だった。故に、人間は星を恐れたのである。星は、あまりにも強い。
 山神の頬をツゥっと涙が流れた。星はなんと美しく恐ろしいのだろう。当局が、千年塔が、彼らの存在を直向きに隠す理由がわかった。人間は、千年塔が無ければ星空を見上げ続けて迂愚になるからである。闇に比べてこんなに小さいのにも関わらず、巨大な闇に対して圧倒的で、そして美しい。星は偉大だ。偉大だからこそ、人間はその前で無思考に陥り、ただ眺める事でしか星を知り得ないのだ。山神はそう頭でわかっていても、ずっと星を眺めていた。ずっと、ずっとだ。

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