マルチバースな創作論?
曲作りをやってる中で、もうすっかり自分の中で定番化しつつあるスタイルが一つありまして。それは「何かの作品から受けたイメージで曲を作る」こと。
別にそれってテーマ曲のつもりで作るという意味ではないんです。いざ出来上がってみたら全然合ってねえなこれって自分で反省するパターンもあるし。でもそれだから必ずボツにするわけじゃなく、自分の中のイメージから出来上がったものなんで一つの成果としてはちゃんと残します。
重要なのは、自分の引き出しだけで作らないこと。
外の世界から受ける刺激も取り入れて作ること。
結局自分一人の世界だと限界がどうしても早く来てしまうんで、違う世界にも目を向けた作り方をしなきゃいけないなと思って、そういう方法論を取り入れるようになりました。
そういうやり方を始めてみると、実際世に溢れるタイアップとか主題歌とかを制作してる方々って本当にすごいなと思うんですよね。その作品らしさと作り手・歌い手自身の世界観のどっちも守らなきゃならない責任があるし、実際その責任を全うした作品が作れてるわけだし。
まだまだ自分はその域には遠いですが、それでもやってみようということで始めてみて。今は自分で書いた小説にもそのイメージソングを添えるのが半ば当然というか、それで初めて作品が完成するみたいな感覚にまでなりつつある。
実際このnoteで書いてる小説でもそうしました。
前に「小説を書いてる時と曲を作る時ってどういう風に頭を切り替えてるの?」って友人に聞かれたことがあります。まあ複数の分野でモノ作りをする人ってそんなに多いわけでもないだろうから当然なんでしょうけどね。
それに対する自分の答えとしては、「その小説を自分の作品だと思わない」と言い切りました。
やっぱり、頭の中で使ってる領域って何を作るかによって違うと思うんですよね。
歌詞みたいな短文と、小説みたいな長文では、同じ言葉を使う媒体だとしても意識するポイントは全然違う。
まして絵や音楽なんて言葉がその中に介在しないものだから、余計に形が違うわけで。そうなると小説を書いてる時の自分と曲を作ってる時の自分って同じではないんです。自分の中に複数人格がいるようなもので、同じmatthewではない。
最近流行りのマルチバースってやつですよ。小説を書いてる世界のmatthew、曲を作ってる世界のmatthew、ただただヲタクやってるmatthewみたいな。
うんそんなカッコいいもんじゃねえなこれ
まあそんなわけで、matthewという一人の人間ではあってもやることによって切り替えをつけようと意識したことで、何とかそれを今出来てる感じがします。
とはいっても完全に切り離されてるわけでもない。
実際歌詞の表現で身につけた言い回しや表現が小説に生かせる場合だってあるし、ヲタクやってて面白いなと思った作品の要素から新たに閃くアイディアだってあるし、そこから曲のテーマが思い浮かぶことだってある。どこかでちゃんと繋がってるんです。
その辺がまたマルチバースっぽいといえばマルチバースっぽいのかな。
だからそんなカッコいい言葉使うなって俺
まあそんなわけで、色々節操なく面白いものをこれからも作っていきたいものですね。
P.S.
以前から仲良くさせていただいていたVtuberのスフィリさんが企画された作品「露雫流魂」内の楽曲に、コーラスとして少しだけ参加させていただきました。
あくまでもコーラスだけなんでそこまでガッツリ自分の色を出すことはなく、丁寧にやらせていただきましたが、やっぱりこうやって他の誰かの作品の世界と交われる機会って大事ですね。
俺は数多くいるクリエイターの中の一人でしかありません。その多くのクリエイターの皆さんと一緒に何かが出来るって楽しいことだと思うし、その世界に触れることで得られるナニカを自分の中でも育てて、膨らませて、創作という分野の世界を自分なりに盛り上げられたらと思います。
matthew
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