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たどり着いたのは、家族で囲むまあるいテーブル。料理家・栗原友さんの「気負わない食卓」が教えてくれること

夕方5時。ちょっと早めの夕飯の、おいしそうな香りに誘われるようにお邪魔したのは、料理家・栗原友さんとご家族の食卓です。鮮魚店「クリトモ商店」も営むご夫婦ですが、店に立つのは主にパートナーの晃輔さん。太陽が上がるよりも前に始まる晃輔のお仕事のことを考えて、友さんと娘のあさちゃんも早めに夕飯を召し上がるのだとか。

まあるい大きなテーブルで食べる栗原さんの手料理。

ですが、料理家だからといって、気張らない。特別なことはしない——
そこにあるのは、娘・あさちゃんとの時間を丁寧に愛おしむ、ごくごく普通の食卓でした。

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特別じゃないキッチンで。

ポン、とテーブルに置かれたのは茹でたての青々としたお野菜。菜の花かブロッコリーか……と悩んでいると、栗原さんが「スティックセニョールです」とひとこと。となりにはたっぷりのマヨネーズが添えられている。

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次々と盛り付けられ、手際よく完成させられていく器たち。

「こだわりのキッチンですか」と尋ねると「いえいえ全く」と首を振る。

「ここに引っ越してきたときに、できることの精一杯がこれだったので。調理器具が多いから、作業スペースだけは多いですけど」

ダイニングスペースと同じほどのサイズのキッチン。そこに所狭しと並べられた調理器具や調味料は、どれひとつ放置されている様子がなく、昨日も今日も愛用されたように、全てが生き生きと見える。

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食欲をそそる香りの正体は、絶妙に絡められていく「フグのたたきの葱油和え」。「やっぱり魚介は多いですね」と栗原さん。

「魚は本当に新鮮ですから」共に鮮魚店を営む晃輔さんが、笑顔で付け足してくれる。

そうこうしていると「ガチャリ」と玄関先からドアの開く音が。「帰ってきた!」「帰ってきた!」と声を揃えるご夫婦。娘のあさちゃんが帰宅したのだ。

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「どうして電源入ってないの?すごい心配したんだよ。わかる?」栗原さんがいちばんに伝えたのは、あさちゃんの携帯電話のこと。「電源切っちゃった」とあさちゃん。

「顔が合うまで、携帯は切っちゃだめ。どこにいるのかわからない。心配するからだよ。わかった?」「はぁい」

栗原さんは、いけない理由と自分の気持ち、そしてこれからはどうすればいいかまでを、しっかりとあさちゃんに伝える。「子ども扱いしすぎない」。これが、このあとの食事にもつながる家族のルールになっていた。

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「あったかいイカ食べるでしょ?」

あさちゃんに尋ねる栗原さん。あさちゃんはランドセルをゴソゴソ。ごはんの前にお菓子が食べたいようだ。しかし、「ダメに決まってるでしょ。これからごはんなんだよ。あったかいイカもあるんだよ」と聞くとぱっと咲くような笑顔に。茹でたイカは、あさちゃんの好物なのだそう。

茹でたイカの盛り付けも完成。テーブルにすべてのメニュ—が揃って、「いただきます」

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気張らない、いつも通りの食卓。

今夜の食卓には、フグのたたきの葱油和え、アジの南蛮漬け、スティックセニョールなど7品以上の器が並ぶが、調理時間は30分以内とのこと。

常備菜があるからなんですよ。時間があるときに、まとめて作っちゃうんで。アジの南蛮漬けも糸昆布の煮物も」。

どれも主役を張れそうな、贅沢な常備菜だ。

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大きな器に盛られた、目の覚めるような鮮やかな赤色の食材を「トマトかと思いました」と告げると、ご夫婦は「それはないよ(笑)」と大笑い。正体は、山盛りに盛り付けられたマグロ。骨の間にある中落ちだという。

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そしてもうひとつ、とろっと光るお刺身は「マグロの脳天って言って頭肉です。余りものでそんなにいい部位ではないんですけど、普通には出回ってない伊豆の本マグロで。おいしいですよ」と晃輔さんおすすめの一品だ。

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食事が始まれば、「今日ね、ーーちゃんがね」「こないだ食べたね、ーーがね」とたのしい話題の中心は、もっぱらもうすぐ小学校2年生になるあさちゃん。

いつもの夕飯って感じですね。取材だからって気張ることもなく(笑)」

栗原さんは、どこまでも自然体で、そのやり取りがとても気持ちいい。「健康に気遣われてるところはありますか?」と尋ねると、「あんまりないなあ。でも乳酸菌。そう、腸内環境を考えて発酵食品をひとつは混ぜるようにしてますね。今日だと、水キムチかな。あとは寝かせ玄米」あくまで無理のない範囲で気遣っているという。

「子ども用」は作らない。ルーツは、栗原家の食卓に

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突然「それ、もう食べないで!残しておいて!」と、ママとパパを制するあさちゃん。海苔に巻いて、お魚を食べるのが大好きなあさちゃんは、どうやら器に残ったお刺身をすべてひとりで食べてしまうつもりのよう。これには栗原さんも「全部食べるの?」と呆れるように笑ってしまう。だけど、その表情がどこかうれしそうなのだ。

アジの南蛮漬けも大人と同じように一生懸命食べる。アジを食べて「ちょっと痛い」とあさちゃんが言えば、同じものを栗原さんも口にして「たしかに骨がちょっと当たるね。骨がいっぱいあるんだよ」とどれも実感とあわせて伝えていく。これが、栗原さん流の食育だ。

子ども用にはなにも作りません。大人と同じものを、大人と同じぐらい食べてますね」。苦味も絡みも食感も。自分の舌で感じ、自分で覚えていくという。

「同じように小さい頃から、なんでも召し上がってましたか?」と尋ねると、「そうですね。同じ味付けで同じものを食べてました。子ども用に別のものが用意されてることは1度もありませんでしたね」と振り返った。

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栗原さんのお母さんは、料理家・栗原はるみさん。手料理は、「豚としめじのソテーとか麻婆春雨。あとは、鯖のそぼろが好きだったかな」今でも、はるみさんにリクエストして作ってもらうのだそうだ。ちなみに、あさちゃんのいちばん好きなメニューは「ハンバーグとロールキャベツ」とのこと。「なんで今日作ってくれなかったの?」とあさちゃん。「時間かかるから(笑)今度ね」という返事にちょっと膨れてみせるのがかわいい。

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栗原家は弟の心平さんも料理家という、料理家一家。しかし、当時を振り返り「父はマナーにはすごく厳しかったですけどね。それ以外は、特別なことはなかったかな、何も」と栗原さんは語る。幼い頃、今の栗原さんご姉弟の基礎を育んだ栗原家の食卓もまた、ごくごく普通のものだったよう。

「料理」への入り口に葛藤はなかった

そうして育った栗原さんが進んだのは、 ファッション誌の世界。フリーのエディターとして活動していた。「ファッションは好きでしたけど、どうしても、というよりは、目の前にあった仕事がそれだったという感じかなあ」と当時を語る。

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しかし、友人に「レシピを書く仕事をしてみない?」という誘いをきっかけに、栗原さんも料理家の道へと自然と進むことに。「お母さまと同じ道を進むことに、不安や葛藤はありませんでしたか?」そう尋ねると、「どんな葛藤ですか?」と栗原さんはあっけらかん。

「よく言われるから、周りは『母と比べられることで悩んだだろう』とか思うのかも。でも、なんの葛藤もありませんよ。母にも相談して『料理の仕事、向いてると思うよ』って言ってもらえたのも大きかったかな。“ザ・料理家”みたいな仕事から今はすこし離れたので、いろいろと憶測を言われることも少なくなって、せいせいしてますね」と笑う。

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ここで、あさちゃんからヒソヒソ話。「辛いチキンみたいなのあったじゃん?」ご夫婦が「なんだっけ?」「どこのやつ?」と尋ねると、「んー、ママが作ったの」。どうやら、もう1度そのチキンが食べたいよう。今の栗原さんにとっては、この何気ない家族の時間が何よりも大切なのだ。

魚がさばけなくて泣いた

けれどそんな大切な家族の始まりは、栗原さんにとって、悔しい悔しいひとつの思い出だったから、人生はやっぱり不思議なもの。

「魚がさばけなかったんですよ」

料理家の道を進み始めた栗原さんだったが、とある雑誌の仕事で魚がさばけなかったとか。自身を「めちゃくちゃ負けず嫌い」と称する栗原さんにとって、それは悔しく大きな出来事だった。

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「みんな『また大袈裟な(笑)』とかって話の種みたいに笑うけど、本当に涙で枕を濡らす日々だったんですよ。恥ずかしくて恥ずかしくて。消えて無くなりたいって思うぐらい恥ずかしかった。料理家と名乗りながら魚もさばけない。『栗原はるみの娘なのに』って絶対に言われてる、母にも恥をかかすことになる、とあれこれ考えて。

それで、築地場外の鮮魚店で修行することに決めたんです。でも飛び込んじゃえば楽しくて、あっという間の5年だった気がします。やっぱり真新しい世界に大人になってから飛び込むことも、一から何かを学ぶこともなかなかないじゃないですか。知らない魚の味と出会えることも、怒られることも含めて楽しかったんですよ」

そして、そこで出会ったのが晃輔さんなのだ。

今では、鮮魚店をふたりで営み、栗原さんが作る惣菜も大好評。悔しく苦しい思い出が、このまあるい家族のテーブルにつながっているのだから、人生は何があるかわからない。

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「おいしい」と思えることがいちばんいい

「ご家族の食卓のルールはありますか?」と尋ねると、「マナーかな」と栗原さんは即答。

「肘をつかないとか、手を添えるとか、ごはん中に席を立たないとか。でも、娘のお箸はまだまだですね」

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そんな栗原さんに、「だけど、」と晃輔さんが付け加えます。「日頃からママがちゃんと言ってくれてるんで、うちのお客さんのお店とかに行っても、大人と一緒にコース料理も食べれちゃうんですよ、行儀よく。それは、すごいなあと思う。自分の子どもの頃を想像してみると絶対にできませんもんね」この言葉には、あさちゃんもご満悦。

「大人になったとき、ワタワタしないように、どんな場でも心地よく居られるようにしてあげたいんですよね。最初は、魚屋の娘だし魚の味は絶対にわかってほしい、とかも思ってたんですけどね」という栗原さん。

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「魚だけは、最高にいいものを食べさせてるので、わかっててほしいなあ、なんて思いつつ。でも回転寿司のマグロでも大喜びしてるのを見ると、楽しそうだからいいか、と(笑)。マナーも味も知ったうえで、いろんなものをおいしいと思えるのがいちばんかな、と今は思います

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すっかり食事を終えると、明け方からお仕事の晃輔さんは「おやすみなさい」と寝室へ。そして、テーブルを片付けたあとは、あさちゃんと栗原さんのふたりの時間が始まる。

はじめは宿題。そして、ちょっとしたおやつをペロリ。「夕飯が早いので、いろんなことができます」と栗原さん。

まあるいテーブルは、食卓から何度も姿を変えて、最後にはあさちゃんのお絵描きが止まらないアトリエのような場に。

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「ご家庭持つ前も、常備菜をしっかり作られたり、こんなふうにゆっくりとした時間を過ごされていましたか?」と尋ねると、栗原さんは「まったく、まったく(笑)」と首を振る。

「飲み歩いて、家にいなかったですもん。でも変われましたね、だって子どもと一緒にいるのがいちばん楽しいですもん

ゆっくりと流れる、家族のやさしい時間が部屋いっぱいに溢れていた。

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「栗原さんもお母さんと宿題やお絵描きされてましたか?」という質問には、「きっとしてもらってたんでしょうね」と答えてくれた栗原さん。何気ない日常が愛おしむ家族の姿に、改めて「一緒にいること」「親子で過ごすことのできる時間」の価値を感じさせてもらえ、そっと自分の子どもの頃と重ねて胸が熱くなってしまう取材でした。

最高の職と出会うことができる。苦手だったことも克服することができる。お子さんを通じて生活を変えることも。いつからだって人は変われる、それも何度でも、ということも栗原さんは食卓を通してわたしたちに教えてくださいました。

取材:松屋フーズ・中前結花 執筆:中前結花 写真:小池大介 編集:市川茜・ツドイ