「自由にトライできる」から楽しい。俳優・伊万里有さんの壮快な食卓
2015年に誕生したゲーム『刀剣乱舞』。登場以来、様々なメディアに展開され、社会現象ともいえるおおきなブームを巻き起こしています。そうしてつくられたコンテンツのひとつである『ミュージカル刀剣乱舞』に初期から出演し、2018年のNHK紅白歌合戦にも出場したのが、俳優の伊万里有さんです。
伊万里さんは、2.5次元舞台を中心に俳優として活動しながら、アーティストやタレントとしても活躍中。そして、ご自身の料理番組を持つほど、「料理上手」としても知られています。
今回は、そんな伊万里さんのご自宅にお邪魔して、こだわりの食卓を取材させていただきました。
「みんなで食卓を囲んでケンカする」伊万里家の日常
伊万里:こんにちは、よろしくお願いします! 今日は友達の家に来たと思ってくつろいでもらっていいですからねー!
——(笑)。よろしくお願いします!
——今日はなにをつくるんですか?
伊万里:なにつくろうかなー。朝からジムに行った帰りに買い物してきたんですけど、まだなんにも考えてなくて。他にもなんかあったっけ。(冷蔵庫をのぞいて)あ、玉ねぎあった!
——ご自身で料理番組(ニコニコ生放送『いまりんキッチン』)をされているほど、料理がお得意ですよね。ご自宅でもよく料理をされるんですか?
伊万里:そうですね。俺にとって、料理することは生活の一部です。いつも、今日みたいにあんまり考えずにキッチンに立ってますね。
——得意料理はなんですか?
伊万里:うーん……。結構なんでもつくれるので、いっつもその質問困っちゃうんですよね(笑)。
強いて言えば、冷蔵庫にあるもので料理するのが得意ですね。人の家に行ったときも、その場にあるものだけでちゃちゃっと何品かつくれますよ。
——すごい! そもそも、料理をはじめられたきっかけは?
伊万里:高2のときに、家で「日曜日のご飯担当」になったことですね。
——へえ、ご家族で家事を分担されていたんですね。
伊万里:いやいや俺だけっす、なんでか知らんけど(笑)。ずっと上京したいって言ってたんで(伊万里さんは佐賀県出身)、「東京に行くなら料理くらいできんといかん!」って感じだったんかな。
——男子高校生なら反抗しそうなのに、えらい……!
伊万里:いや、ばりばり反抗的な子どもでしたよ(笑)。料理はできちゃったからしてただけです。
うち、親父が元自衛官で、子どもの頃からめちゃくちゃ厳しかったんです。「『巨人の星』を観ろ!!」が口癖の、ザ・昭和の頑固親父! みたいな人で。
伊万里:たとえば、テレビを観るのは21時半までって決められてたんですけど、それを過ぎても観てたのがバレて、思いっきり怒られたり。朝のラジオ体操に2分遅刻しただけで怒鳴られたり。兄貴と姉ちゃんがいるんですけど、3人ともめちゃくちゃ反抗してました。
なのに、ご飯は家族みんなで食べるっていうルールだったから、いっつもめちゃくちゃケンカしながら食うんですよ。で、ご飯粒ひと粒でも残したらまた雷が落ちて……。って、こんな話あんまり書けないっすよね(笑)。
——あははは(笑)。
——その頃から、料理をするのが習慣になったわけですね。
伊万里:そうですね。あと上京したあとは、ずっと飲食店のキッチンでバイトしてたんです。とにかく金がなかったから、食費を節約したくて。ずっと仕事として料理をしてただけだから、自分ではそれほど「料理が得意」って感覚はないんですよね。
伊万里:(出来上がった料理をテーブルに運びながら)2品目はサムギョプサル風にしてみました。焼いたベーコンとアボカドをシソで巻いて食べたらおいしいかなって。
——彩りのいい食卓ですね! 今日は特別にこだわってくださったんですか?
伊万里:いや、1人のときでも食材の彩りとか盛り付けには気をつかいます。だって、見た目がきれいだと食うときに気持ちいいでしょ?
あ、でもこのシャインマスカットは今日だけです(笑)。
——改めて、今日のメニューを教えてください。
伊万里:“創作料理”です! いつもテキトーにつくってるから、料理名ってないんですよね(笑)。
じゃあ、いただきます!
伊万里:うまい!!! みなさんにも食べてみてほしいくらいです!(笑)
——ははは(笑)。
2度の挫折を乗り越えて。魅了された「2.5次元舞台」
——伊万里さんが俳優になったきっかけは、ディーン・フジオカさんだと聞きました。
伊万里:そうなんです。佐賀にいた高校生のときからモデルのオーディションを受けたりしていて、ずっと芸能界に興味があったんですよね。上京した後、スカウトされて、この世界に入りました。でも、はじめに入った事務所にだまされちゃって、すぐに退所することに。
「もう芸能の仕事はいいかな」って距離をおいていたときに、当時まだ台湾で活動されていたディーンさんとたまたま知り合って「キミは俳優になったほうがいいよ」とすすめてもらったんです。それで、ディーンさんが紹介してくださった事務所に所属することになりました。
——転機となる出会いですね。そこからたくさんの舞台に出演するようになった、と。
伊万里:いやあ、そこからがもっと大変でした(笑)。その事務所が、東日本大震災で立ち行かなくなって、いよいよ芸能の仕事は諦めたんです。それから2年くらいは、地元のほう(福岡)に戻って飲食店をやってました。そこでは人間関係でのトラブルが多くて、「人生のどん底だなー」って思うくらいに落ち込んで……。
そんなときに、東京にいた頃の知り合いが「1年だけでもいいから、戻ってきてまたチャレンジしないか」と熱心に誘ってくれたんです。2度も挫折して、芸能なんてこりごりだって思ってたんですけど、当時の状況から抜け出したかったし、そんなふうに言ってくれる方がいるならって、26歳でもう一度上京しました。
そしたら、『遙か』(舞台『遙かなる時空の中で5』)の出演が決まって、ゾロ(東京ワンピースタワー『ONE PIECE LIVE ATTRACTION』のロロノア・ゾロ役)が決まって。そこからですね、やっと俳優で食えるようになったのは。
——伊万里さんが『遙かなる時空の中で5』(ゲームを原作とした舞台)に出演した2014年頃、2.5次元舞台というジャンルは、いまほどの一般認知度はなかったと思います。当時は2次元作品や、2.5次元舞台にどんな印象をお持ちでしたか?
伊万里:『遙か』に出るまでは、2.5次元舞台のことはほとんど知らなかったですし、2次元作品にも詳しくありませんでした。
でも、『遙か』の初演が終わったときに、カーテンコールで目の当たりにしたファンのみなさんの熱気が本当にすごくて。この作品を好きなこと、この舞台を楽しんでくれたことがひしひしと伝わってきました。それに触れたとき、素直に「2.5次元舞台ってすごいな」って魅了されたんです。
——既存の人気作品を演じるうえで、プレッシャーを感じることはありましたか?
伊万里:そうですね。原作のある作品に出演するときは、原作ファンのイメージを守ることをすごく大事にしています。稽古に入る前には必ず、作品を読んだり、ゲームをプレイしたりして、原作の世界を体感します。ファンの気持ちになってみる。そのときに自分で感じ取ったイメージを崩さずに、キャラクターを再現できたらいいなと思って演じています。
——原作がある舞台と、原作がない舞台、演じるうえでなにか違いはありますか?
伊万里:それぞれに楽しさも難しさもありますね。原作のないストレートプレイ(台詞に音楽などを使用しない、一般的な舞台演劇)では、とことん好き勝手に演じています。
2.5次元では、原作の世界観やキャラクター性があるので、自分が自由に表現できる幅は限られている。だけど制限があるなかで、どんなふうにキャラクターに自分らしさや自分の持ち味を加えられるか、試行錯誤を重ねていくのも、すごくやりがいがあって楽しいです。
——作品によっては、長期間かけて地方を巡演したり、日に何度も上演したりすることもあると思います。公演期間中に気をつけていることはありますか?
伊万里:食事はすごく大事にしてますね。身体が資本の仕事だし、体力も必要だから、健康じゃないとなんにもできません。
20代の頃はなにも気にせず、好きに飲んで食べてをくり返してました。実は、そのせいで一度身体を壊してしまったことがあって。人間ドックで検査をしたら、異常はなかったんだけど、「内臓脂肪が多い」と軽く注意を……(笑)。
——ええっ! 細身の伊万里さんにはミスマッチな言葉の気がしますが……。
伊万里:自分でもまさかそんな言葉を聞くとは思ってなくて、めちゃくちゃショックでした(笑)。その頃も身体は鍛えてたし、子どもの頃から健康には絶対の自信があったので。そこから、トレーニングを続けるだけじゃなくて、食事にも気をつかうようになりましたね。
——どんなことに気をつけているんですか?
伊万里:日常的に、ゆるめの糖質制限をしています。あとは、今日みたいに食材は素材のまま楽しむことが多いですし、良質な油を摂ることを心がけたり、飲み物は常温の水・お茶しか飲まなかったり。食事に気をつかいはじめてからは、身体が若返ったし、風邪も引きにくくなりました。
——伊万里さんはワンピースのゾロ役や、刀剣乱舞の長曽祢虎徹役など、体格のいいキャラクターを演じられていることが多いですが、そうした役を演じる前から身体を鍛えてらっしゃったんですか?
伊万里:いや、ゾロをやるまでは華奢な体型でした。運動は子どもの頃から好きだったけど、筋トレは一度もしたことがなくて。でもゾロをやるからにはかっこいい身体にならないと! と思って、週3でジムに通って必死にトレーニングしたんです。結果、8キロくらい増量して公演に臨みました。
——すごいですね!
伊万里:ちょうどそのゾロをやっている期間中に、刀剣乱舞のオーディションがあったんですよ。俺が受けた長曽祢虎徹という役は、高身長で筋肉質なキャラクターなんですけど、オーディションで「全員上半身裸になって」って言われて。
そしたら、俺だけおかしいくらい身体が仕上がってたんで、脱いだ瞬間どよめきが(笑)。その瞬間、「あ、俺これ受かったな」って思いましたね。
——(笑)。
「青写真はありません」伊万里有の仕事観
——最後に、お仕事でのこれからの展望を教えていただきたいです。
伊万里:うーん……、そういうの全然ないんだよな。
2.5次元の俳優ってみんなプライベートでもすごく仲が良いんですが、その一方でライバル意識も強く持ってるんです。俳優って「デビューする人は大勢にいるのに、活躍できる人はひと握り」っていう厳しい世界だから、当然なんですけど。
でも、俺には「俳優としてもっと売れたい!」って思いはなくて。もちろん、いろんな役をいただけるのはうれしいんですが、仲間が活躍するのも同じくらいうれしいんです。
——それはどうしてですか?
伊万里:俺、ほんっとになんでもできるんで(笑)、どこかに「これじゃなくたって生きていける」って感覚があるからかもしれません。実際に2度も挫折して、別のことをしてから戻ってきてるわけだし。そう考えると、めちゃくちゃ辛かったけど、あの頃の社会経験も全部無駄じゃなかった、って思えますね。
——そうした俳優の仕事だけにこだわらない感覚が、音楽活動やアパレルブランドの運営など、いまのマルチな活躍につながっているのでしょうか?
伊万里:そうですね。芸能の仕事やってるって感覚はゼロで、自分のやりたいことを、ただただ楽しくやっている感じです。とにかく俺は、いろんな経験がしたいし、いろんな場所に行きたいんです。そうやって、「なんでもできる」のがこの仕事の一番の魅力だと思っています。
でも業界には、なんとなく「俳優ならとりあえずこうする」「売れるにはこうすべき」みたいな道筋がある。実際に他ジャンルの活動をしていると、「俳優業だけに集中したらいいのに」って言われることもあるんですよ。
伊万里:だけど俺は、俳優として表舞台に立つ仕事をするなら、むしろ、ジャンルを問わずいろんな経験値をためて、自分自身の“人間力”を高めていくべきだと思っているんです。俳優は、人に求められなくちゃいけない仕事だから、自分の「人間としての魅力」が失われたら、続いていかない。
——なるほど。
伊万里:これまでに、この世界を辞めていく人を何人も見てきました。俳優ってそれだけ、“続ける“のが難しい仕事。
だから、俳優として役がもらえるのを待つとか、ただ「仕事が来るのを待つ」だけじゃ絶対にダメだと思う。俺は、音楽をつくったり、映像をつくったり、イベントを企画したり、「仕事は自分でつくる」って思ってます。そういう意識を持ってるから、俺にとって芸能の仕事が「なんでもできる楽しい仕事」になっているんだと思います。
——自分で、自分が楽しいと思える仕事をつくる。かっこいい仕事観ですね……!
伊万里:まあ、敷かれたレールのうえを走るのがイヤだっていうだけかもしれないけど(笑)。とにかく、自分のやりたいことをやって、いまみたいに楽しくこの仕事を続けていけたらいいなと思ってます。
「自分が“芸能人”って感覚がない」とおっしゃっていた伊万里さん。その言葉通り、驚くほど気さくに、明るく取材に応じてくださいました。「どうしようかな」とつぶやきながら一切手を止めずおいしい料理をつくりあげ、「天才じゃん!」と自分の料理を褒めちぎりながら食べる姿は、とても壮快で、料理や食事を生活の一部として心から楽しんでいることが伝わってきます。
「料理も仕事もなんでもできちゃうんですよ」と語る口調は、終始臆面もなく、自信満々。ですが、そうした言葉の裏には、俳優という職業を続けていくうえでの“覚悟”がにじんでいるように感じました。
取材:松屋フーズ・水沢環 執筆:水沢環 写真:小池大介 編集:ツドイ