「僕と彼が囲む食卓は、心理的安全地帯なんです」オープンリーゲイの松岡宗嗣さんが語る、食卓の重要性
国籍、人種や民族、ジェンダーやセクシュアリティなど、一人ひとりの生き方の多様性が可視化されるようになった。それに伴い、より多様化しているのが「食卓のカタチ」ではないだろうか。それを知ることは、現代を生きる人たちを理解することにつながるはずだ。
このたび、「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージとして掲げる松屋フーズが、「みんなの食卓」にお邪魔することに。第1回で訪問したのは、オープンリーゲイとして活動する松岡宗嗣さんとパートナーが暮らすご自宅。ランチを食べながら、お話をうかがいました。そこで見えてきた、「食卓のカタチ」とは?
(感染症拡大防止に細心の注意を払い、取材を行いました)
ゲイであることを隠し、話せないことが増えた子どもの頃
ダイニングテーブルに食器を並べながら、あるいはフライパンで炒める食材に味付けをしながら、照れくさそうに微笑む松岡宗嗣さん。その目線の先にいるのは、同性のパートナーであるショウさん(仮名)の姿だ。時折、交差するふたりの視線には、柔らかな愛情と信頼が滲む。
松岡さんは現在、ゲイである自身のセクシュアリティを公表し、一般社団法人fairの代表理事を務めている。目指すのは「どんな性のあり方でも、フェアに生きられる社会」の実現。LGBTQに関する情報発信やキャンペーン、イベントや講演への出演、コンサルティングなどを包括的に行う傍ら、ライターとしてもさまざまな媒体に寄稿している。
松岡さん「ゲイというセクシュアリティを自覚したのは、小学校の高学年くらいから。でも、『誰にも言っちゃいけない、気づかれちゃいけない』と思っていました。ネットでゲイのことを調べていくうちに、きっとおかしいことなんだろうな、と思うようになって、親にも相談できないことに悩んでいました」
幼少期からセクシュアリティで悩むことが多かった。松岡さんが今、LGBTQの情報を積極的に発信しているのは、そんな原体験があったからなのだろう。
松岡さんが生まれ育った家庭はとても温かいものだった。父、母、姉、祖母、そして松岡さんの5人家族で、みんなで晩ご飯を囲むのが常。食卓では他愛もない話題が飛び交い、笑い声が響く。まるで”絵に描いたような”団らんの時間だ。けれど、次第に松岡さんの中で「言えないこと」が増えていく。
松岡さん「本当にいろんなことを話す家族だったんです。でも、セクシュアリティに関する話題だけは徹底的に避けていました。たとえば、『好きな女の子はいるの?』とか訊かれると苦しくて……。そういう話題が振られたときには、つい怒ってしまいました。怒るとそれ以上踏み込まれないので。だから、私がなにか抱えていることに、母も薄々気づいていたみたいです」
家族のことは大好きなのに、どうしても言えない秘密がある。その事実は、思春期の松岡さんを苦しめていった。これ以上、家族を騙していたくない。家を出て遠くの全寮制の学校に入りたい、と言ったこともあったという。家族から距離を置けば、傷つけることも傷つけられることもなくなると考えたのだろう。
しかし、転機になったのは二十歳の頃だった。意を決し、友人にカミングアウトをしたところ、すんなり受け入れてもらえたのだ。その成功体験は自信につながった。
そして、当時、大学進学で家を離れていた松岡さんの元に、久しぶりに母が遊びに来たときのことだ。
松岡さん「レストランで一緒にご飯を食べていたら、母が『彼女はできたの?』って訊いてきたんです。その頃、私も大人になっていたので怒ったりはせず、『いないよ』と。すると今度は、『じゃあ、彼氏はいるの?』と訊かれたんです。あぁ、気づいていたんだな……と思い、その流れでカミングアウトしました」
その場には松岡さんの姉も同席していたことで、ふたりの家族に同時にカミングアウトしたことになる。それは緊張感漂う時間だったのではないだろうか。けれど、松岡さんは当時を思い出しながら、頬を緩める。
松岡さん「その後、『やっと言ってくれた』といわんばかりの笑顔で『もう一軒行こう』と誘ってくれて、そこでゲイについてやこれまで感じてきたこと、いろんなことを聞いてくれたんです。私自身のセクシュアリティに興味を持ってくれた。そのことがとにかくうれしくて。夜遅くまでたくさん話したのを覚えています」
また、そのとき母に言われた言葉で、どうしても忘れられないものがある。「宗嗣の人生なんだから、好きに生きなさい。ただ宗嗣は体が細いし親としては心配。病気になったときに、誰かが側にいてくれることが大事で、隣にいてくれるのは男でも女でも、なんでもいい」
隣にいるのは男でも女でもなんでもいい――。
ずっとセクシュアリティを隠して生きなければいけないと思っていた松岡さんにとって、その言葉はどれほどの救いになっただろうか。
それから7年が経ち、今、松岡さんの隣には同じ風景を見つめてくれるパートナーがいる。それがショウさんだ。
「恋人同士」をオープンにできたとき、幸せだと思った
ふたりの出会いは、いまから約5年前。きっかけはマッチングアプリだった。
松岡さん「実は同じ大学に通っていたんです。文系と理系でキャンパスが異なるので、それまで顔を合わせたことはなかったと思うんですけど、アプリでメッセージのやりとりをするようになって、『会ってみましょうか』と」
すると、当時のことを思い出したのか、ショウさんが恥ずかしそうに、ゆっくりと口を開いた。
ショウさん「そもそもアプリでつながる前から、ツイッター上で宗嗣のことは知っていました。彼は僕よりも年下なのに、懸命にLGBTQのことを発信していて。ただただすごい人だと感じていました」
松岡さん「流石にこの話題は恥ずかしいね(笑)」
そう言うと、松岡さんとショウさんは顔を見合わせて笑う。
それから何度かデートをし、思いを告げたのは、松岡さんから。ふたりで花火大会に行った日の夜のことだった。ショウさんからの返事は「ちょっと待ってほしい」。
ショウさん「自分のバックグラウンドについて、打ち明けていないことがあったんです。不登校だったことや宗教のこと、両親にはカミングアウトできていないこと……。付き合うならば、きちんと話さなければいけないと思っていました」
けれど、松岡さんからの猛アタックもあり、晴れてふたりは恋人同士に。休みの日だけではなく、キャンパスの図書館で一緒に勉強するなど、同じ大学に通う学生だからこその時間を謳歌していくようになった。
ふたりで過ごす日々を重ねていくと、自然と「同棲する」という未来が見えてきた。ただし、当時はいまよりもまだLGBTQの人たちが同棲のために家を借りるのは困難なことだったという。
松岡さん「最初に行った不動産会社では、男性同士で同居をしたい、それだけで申請した物件はすべて断られてしまいました。なかには、『おふたりの関係は? まさかソッチ系じゃないですよね?』と笑う不動産担当者もいたんです。それでもどうにか契約できましたけど、ふたりの続柄に『友人』と書いたときの気まずさは忘れられないですね」
ショウさん「でも、自分のセクシュアリティを隠して、嘘を吐くことに慣れすぎていたので、傷ついたというよりはしょうがないという気持ちでした」
けれど今住んでいる物件の担当者には、「恋人同士」であることをオープンにしている。
松岡さん「前の物件から引っ越すことを決めたとき、次はカミングアウトして探そうと思ったんです。不動産担当者に『パートナーなんです』と打ち明けたとき、『そうなんですか』と特に驚かれもせず、とても淡々と対応してくださって。それは本当にうれしかったです」
ショウさん「そうだったね。ふたりの関係性をオープンにできること、それをすんなり受け入れてもらえることが、こんなにうれしいものなんだと知りました」
それからふたりは、とある駅の近くにある、メゾネットタイプのマンションに住むことを決めた。ベッドルームはひとつ。異性同士であればひとつのベッドルームで一緒に寝ることを不思議に思われないが、男性同士では、まだ色眼鏡で見られてしまうことがある。
でも、これからは堂々と生きていける。ベッドルームにひとつのベッドが運び込まれた瞬間を目の当たりにしたふたりは、どれほどうれしかっただろうか。
食文化の違いに驚き、戸惑い、お互いを知る
取材中、キッチンで手際よく料理を作っていたのはショウさんだ。出来上がった熱々の料理は、松岡さんがテキパキと並べていく。
松岡さん「ふたりの食卓に明確なルールは決めていないんですけど、ショウが作ってくれることが多いですね」
ショウさん「元々、料理が好きなんです。それで、自然と僕が作る頻度が増えていった感じで」
松岡さん「私は料理はそんなに得意ではなくて。その代わり、皿洗いは担当しています。そうそう、ルールとまでは言えないかもしれないんですけど、毎日LINEで『今日の晩ご飯、どうする?』ってやりとりはしています。仕事が終わるタイミングが合えば、駅の改札で待ち合わせをして、そのままスーパーに寄って帰ってくる」
その日作るものを相談しながら、ふたりでスーパーに寄る。松岡さんとショウさんは、そんなささやかで小さな幸福を噛みしめ、大切にしている。
また、食卓を囲むようになり、食文化の違いに驚くことも増えた。
ショウさん「僕の家庭では味噌汁がとにかく具沢山だったんです。だから、自然と僕も具をたっぷり入れて作るようになっちゃって」
松岡さん「ショウの味噌汁を初めて見たときは驚きましたね(笑)。『え、なんでこんなに具が多いの?』って。それと、ショウはカレーライスに、ゆで卵を切らずにそのまま乗せて出すんです。カットされたゆで卵のトッピングはよく見ますけど、丸ごと乗っていたときはビックリしました」
ショウさん「それも驚いてたよね。でも美味しいんだけどな。宗嗣は結構口出ししてくるんです。それがたまにイラッとする……(笑)」
松岡さん「はい、ごめんなさい! 作ってもらってるのに文句言うなんてね。本当ごめん!」
ほんの少し拗ねてみせたショウさんを見て、松岡さんが慌てて謝る。そのやりとりを見ていると、取材陣からも笑みがこぼれた。
ふたりで囲む食卓は、“心理的安全地帯”になっている
具沢山の味噌汁や、ゆで卵が丸ごと乗せられたカレーライス。その他にも、唐揚げの衣の違いや、素麺の意外なトッピング。松岡さんとショウさんは、それぞれの食文化の違いに驚きつつも、そのたびに互いへの理解を深めていった。「違いが明らかになる」というのは、相手をそれまで以上に知るチャンスにもつながるのだ。
そして松岡さんは、今のふたりの関係を「家族になれた」と話す。
松岡さん「付き合いたての頃は恋人という感覚が強くて、楽しいし幸せなんだけどどこかソワソワする部分もありました。一緒にいるときは余所行きモードでいるというか、変なところは見せられない感じでした。でも今は、一緒にいると本当に安心します」
ショウさん「僕は家族に対して、まだ打ち明けられていない部分もあるので、どこか他人行儀になってしまうんです。でも、宗嗣にはどんなことでも話せる。自分が思っていることを包み隠さず話しながら、同じご飯を食べることがこんなに楽しいだなんて知りませんでした。僕にとっても宗嗣は家族です」
ふたりにとって、食卓は「素のままでいられる場所」になっているのだろう。
松岡さん「私は家族にカミングアウトして、受け入れてもらっていて、実家には実家の良さもあります。それでも、ショウと囲む食卓は“心理的安全地帯”になっていると思うんです。食事をしながらどうでもいいことを話したり、ときには社会的な問題について語ったりもする。それができるのは、心の底から安心できているからだと思います」
それでも、まだまだお互いに知らないことだらけでもある。
松岡さん「5年以上付き合っていて、毎日のように一緒にご飯を食べていても、まだまだ知らない一面が見えてくるんです。食卓を囲むことで相手のことを深く知る。それはこれから先も続いていくんだと思います」
価値観の違いで戸惑ったり、ときには衝突したり。それはどこの家庭でもあること。同性のカップルだからといって、そこはなにも変わらない。今回おじゃましたのは、どこにでもある家族の食卓でした。
「みんなの食卓でありたい」を掲げる私たちにとって、目を向けるべき「みんな」が、ひとつクリアになったように感じます。
取材:松屋フーズ・五十嵐大 執筆:五十嵐大 写真:小池大介 編集:ツドイ