J. K. ユイスマンスのEn Radeの日本語訳(旧字体版)②

 此の黑うて赤い敎會堂は、鉛の網目の星を散りばめた薔薇窗を持つ十字架のやうで、業火の上には巨大な蜘蛛の巢が垂れ下がり、禍々しう見えた。更に上を見上げると、空の中で眞紅の波が碎けてゆきながらに、下の景色は荒凉としてゐた。鄙びた一帶では家畜が歸つて行きながら、廣がる平原に耳を澄ませると、丘の上から、微かに一匹の犬の遠吠えが聞こえた。
 衰弱させる悲しみに彼は打ちのめされてゐた。道中で悲しみ以外の强い感情も覺えた。苦悶の人格は消え去り、肥大化して膨張し、怒りは固有の本質を失ひ、收束し、收まつていく閒に言語を絕する憂鬱を、重苦しい夜の憩いの微睡む景色に顯はにする。此の悲嘆のうねりに溺れ死にさせられ、熟考する事も締め出し、明白な恐怖の魂は洗はれ、苦痛の程度を和らげる敎訓となる確信に依り、神祕のわざを以つて魂を鎭めた。

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