J. K. ユイスマンスのEn Radeの日本語訳(旧字体版)➀


第一章

 夕暮れが迫つてゐた。ジャック・マルヽは行き道を急いだ。ジュティニィの集落を後にし、ブレ=シュウル=セェヌからロングヴィルへと續く果てしない道を辿り、農夫が敎へてくれたルゥルの城館シャトウまでの最短の道を左手に認めた。
 なんちふ人生やろか! と呟き、頭を下げた。厄介事の嘆かはしい狀況について絕望的に考へた。巴里では運に見放され、えらう巧妙な銀行業者の所爲で破產に追ひ込まれた。水平線迄不吉な黑い明日が列を成し、沒落を嗅ぎ付けた債權者の輩が家の戸の前で餘りにも怒り狂ひ喚くよつてに、彼は逃げねばならなんだ。病氣の妻ルイィズはルゥルの叔父の元に身を寄せてゐた。修理をせず家具も無い無人の城館を賣り出してゐる閒、叔父は大通りの豪奢な仕立て屋が所有する城館の管理人であつた。

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