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20241208 飲み会を好む心理、嫌がる心理
12月に入り忘年会の話題が増えるとともに、それを嫌がる声も増えてきた気がします。「新型コロナでなくなった飲み会が復活してしまった!」と嘆く投稿をSNSでみかけて、さもありなんと思うなどしました。
私自身は飲み会研究をしようとしているくらいなので基本的に飲み会は好きですが、偉い人たちを接待する系の飲み会は嫌いなので、その手の飲み会が多い方には同情を禁じえません。
自分の場合、飲み会の好悪は基本的に組織の範囲による気がして、
偉い人たちがそろう全学的な飲み会:立食だと大嫌い。お座敷ならなんとか
学部単位の飲み会:他学科の人との交流が工夫されているなら好きです
学科単位の飲み会:基本的には好きです
知り合いの教員同士の飲み会:好きです
といった感じです。一般企業での勤務経験はありませんがおそらく
偉い人たちがそろう全学的な飲み会:100名以上=全社的な者?
学部単位の飲み会:50名~程度=部署全体の飲み会で最上位は部長?
学科単位の飲み会:~30名程度=課全体の飲み会で最上位は課長?
知り合いの教員同士の飲み会:数名程度=課のメンバー
31~49はどこにいってん!というつっこみが聞こえますが、大学でも学部・学科によってその学部・学科に所属する教員数は大きく変わりますし、企業でも同じ「部長」「課長」という役職名でもその下の部下の数は大きく変わると思いますので、そのあたりの分散を反映させて30から50にワープしていると思ってください。
まあでも、おそらく飲み会の規模と楽しさは負の相関関係があり、規模が大きくなるだけ楽しくなくなるとは思うのですが、単純に人数だけで決まることはほぼなく、「人数が増えることでメンバーの中の仲の良い人の数が減る」だからこそであると考えると、やはり「メンバー同士の既知度・仲の良さ」の方が重要そうな気がします。
そんなことを考えると
飲み会の楽しさ=(仲の良い人の数÷総参加者数)×100
という方程式が立てられそうですが、これは飲み会だけではなく一般的な集団参加の楽しさを表すにすぎないように思えます。
ここに「飲み会特有の要素」の導入を試みてみたいと思います。
飲み会は、積極派にとっては「普段仲がさほど良くない人とも仲良くできる場」「普段の仲の良さより仲良くできる場」という認識があるように思えます。それに対し、消極派や反対派は「普段仲の良くない人とも仲良くさせられる場」「普段よりも仲の良さを強制される場」という認識があると思います。
同じ飲み会という場に対して、積極派はプラスの期待を抱くのに対し、消極派・反対派はマイナスの期待を抱くというズレが存在し、特に消極派・反対派にとっては「お前たちなどと仲良くなる気などないのに仲良くなってもらえると思って強制的に参加させる代官違いが許せないんだよ!」と怒り心頭になるのもわかる気がします。
基本的にはこの「飲み会への態度が積極派と消極派・反対派でプラスマイナスが正反対である」で好き嫌いについては説明できると思います。ってこれ態度の定義だろうから当たり前でしょうが。
しかし、積極派が「飲み会を通じて仲良い人の範囲・深さを増していきたい」と思う心理については、外向性や協調性などのパーソナリティや親和動機などのモチベーションなどとはまた違う要因が働いていて、それは結構消極派・反対派が見落としがちなのではないかということを次回書こうと思いますが長くなったのでいったんここで締めたいと思います。
と、ここまで書いて飲み会についてCiNiiで検索すると以下の文献を発見しました。
【書誌情報】
草海由香里・清水安夫 2014 職場のいじめ被害経験と職場における対人傾向との関連. こころの健康, 29(2), 59 – 69.
分析の結果,明るく,積極的で,人間関係を上手く築く自信があると認識しているパーソナリティ特性を持つ者,職場において自主的な自己開示が可能なパーソナリティ特性を持つ者は,職場のいじめ被害経験を高く認知している傾向にあることがわかった。一方,同僚と私生活でも親密な付き合いを希求する要素を持つ者や,職場での飲み会に参加することを楽しみにする者は,職場のいじめ被害経験を低く認知している傾向にあることがわかった。
論文の要約の一部を上に引用しましたが、上に書いた「パーソナリティとは違う要素が説明」を証明してくれる論文のような気が…なんだかでも結果は複雑な気がするのでまたじっくり読みたいと思います。