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20240609 祭と先輩後輩関係

 今日は恩師と先輩後輩を混じえた勉強会に参加しました。そこで世代性に関する話をしていたときに、恩師が「最近は縦の関係、先輩後輩関係が希薄になり、後輩は先輩の指導を老害として不要のものと思っている」という旨の話をされました。

 確かに飲み会を嫌がる話はよく聞きますし、大学生が先輩後輩関係を体験しやすい部活やサークルの加入率が減少しているのは感じています。

 「後輩として先輩の教えを請う」ことが減少したことを、世代継承の崩壊や上の世代への敬意の減少と捉えることが多いですが、私は別の要因があるのではと思います。

 それは「引き継ぐべきこと」と「引き継ぐ人」が分離したということです。

 昔は、引き継ぐべきことと引き継ぐ人は一体であり、「先の世代の人と同じ人間になることで大事なものが引き継がれていた」のではないかと思います。先の世代と同じ人になるためには先の世代の模倣が重要であり、そのため先の世代との交流を増やしそこから学ぶことで引き継ぐことができていたのだろうなと。

 でも近年では文章写真録音動画3Dプリンタなどを駆使すれば引き継ぐべきことを客観的に観察しつくすことができ、そのため直接的に引き継ぐべきことものをダイレクトに引き継いでいけるようになったのだろうなと。

 人の模倣による継承が属人的なものだとすると、標準化やマニュアル化による継承ができるようになったからこそ、先輩から教わることが減ったのだろうなあと。

 このあたり、大学院での教育でも、昔は恩師や先輩から何かを明確に教わるわけではないけど真似して盗んで学んでいた時代から、コースワーク化してからは先輩後輩とかが薄れた感じで、大学院の外のネットなどでの同じ関心を持つ人同士のスキルの教え合いが増えたような気がします。

 ただ、新型コロナで2,3年地域の祭や大学の学園祭が途絶えただけでいろんな祭や学園祭で「継承不足によるトラブル発生」が起きたのをみると、祭などはほとんどマニュアル化はされておらず、口承や身振り手振りなどでの継承がやはり重要な位置を占めており、そのような分野では先輩後輩関係は生き続けるのだろうなあと思います。

 今は電車の中でスマホで書いているので下の文献は読めませんが祭の中の先輩後輩関係について書いていそうなのでまた後日読ませていただきます。

【書誌情報】

相澤卓郎・佐久間政広 2017 東日本大震災後における民俗芸能の復活. 社会学年報,46, 45-56.


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