FXで100日後に億り人を目指すまつりちゃん【第0話】ここが私の底値だ!
「終乃(あとの)く~ん?売上の数字が間違ってて、経理が処理できないってクレーム来てたよ~?」
「す、すみません課長! すぐ直します!」
「いいんだよ気にしないで~。何か悩みがあったら、終業後にいつでも相談に乗るからね。2人っきりで……ぐふふ」
「…………」
(まったく、ちょっと若いからって贔屓されて、ふざけんじゃないわよ)
(あいつ派遣だろ? 契約を今月で終わりにしてくれないかなぁ)
==============================
<自宅>
「まつり。会社はどう? 楽しい?」
「ああ、うん。楽しいよお母さん。
会社の人はみんないい人だから、心配しないで。
それより、おじいちゃんの具合はどう?」
「それが、ちょっと体調が悪いみたいなの。
まつり、悪いけど今日の夜は介護してくれる?」
「え、でも私、明日は朝から仕事……」
「お母さんは朝から仕事だし、早く寝たいのよ。悪いけどお願いできる?
……って、今何か言ったかしら」
「……ううん。わかったよ。私、頑張るね」
==============================
……限界だった。何もかも。
私の心は安まることなく、摩耗していく一方。
どこかでストレスを発散する必要があった。
気がつけば、会社帰りのパチンコが私の日課になっていた。
規制が厳しくなり客が激減したパチンコ店で、私のような素人が勝つのは難しい。
競馬や競艇にも手を付けたが、やっぱり勝てない。
クレジットカードのキャッシング枠も使い切り、毎月の返済のために街金からお金を借りる始末だった。
==============================
「おう姉ちゃん! 膨れに膨れたこの借金! どないするんや!」
「す、すみません! 来月まで待ってください! 必ず返しますから!」
「ギャンブルで借金作るような女の戯言、信じられるかい! 明日までに金用意できんかったら、風呂に沈んでもらうからな!」
「そ、そんな……」
私は逃げ出した。
借金取りが家にまで押しかけてきたからだ。
母と祖父のことは、弟に頼んだ。
何があったのか聞かれたが、答えらるはずもなく一方的に通話を切り、最低限の荷物だけをまとめて家を飛び出す。
会社も無断欠勤10日目。
派遣社員の私は、とっくにクビになっていることだろう。
働いた分の給料が振り込まれていたのはせめてもの幸いだ。
「やっと見つけたで。貸した金、耳揃えて返してもらおうか」
「…………」
「なに、別に命まで取ろうってわけじゃない。
2、3年。特殊なお店で働いてもらえばすぐに返せるさ。へっへ」
(……なんか、もうどうでもいいや)
「ちっ……イヤなもん見ちまったぜ。
だが見ちまったからには、見過ごせない主義だ」
「あ……あんたはもしかして『K』!?」
「消えな。今の俺は機嫌が悪い」
「くっ、くそ! ここは撤退するが、借金は必ず取り立てるからな!」
――タッタッタ!
「おい、そこの女」
「私ですか?」
「てめえ以外にこの場に女がいるかよ。
ついてきな。コーヒーぐらいは馳走してやるよ」
「…………」
……まあ、この人が悪い大人だったとしても、私にはもう失うものがありません。おとなしくついていくことにしました。
「は、え? え?」
なに、この高級マンション。
もしかして、この人って超大金持ち?
「あ、あの? あなたはいったい何者なんですか?」
「俺のことは今はどうだっていい。
それより、何があってあんなところにいたのか、話してみろよ」
「えっ?」
「死相が出てんだよ、お前。
俺はかまいやしねえが、お前にだって心配してくれるやつの1人や2人、いるんだろう? そいつらを悲しませてえのか?」
「…………」
「話せ。なに、悪いようにはしねえ」
あっけにとられつつも、私は、これまでのことを洗いざらい、この親切な人に話すことにした。
…………
「なるほど、300万の借金ねぇ……」
改めて自分の状況を整理してみると、泣きたくなる。
300万円の借金、無職。住所不定。
祖父と母のことは今は弟になんとかしてもらっているが、ずっとこのままというわけにもいかないだろう。
私の人生はもう詰んでいるに等しい。
「あの……そういうわけなので、私のことは放っておいてもらって結構ですよ。どこか人のいない山にでもこもって、ひっそりと生きていきますから」
「んな生活力たくましいようには見えねえな。
チッ、どうせ乗りかかった船だ。ついてこい」
有無を言わさない口調の彼についていくと、私はある部屋に案内されます。
「な、なんですかこの部屋? 怪しい臭いしかしないんですけど」
「俺が何者か聞いていただろう?
つまり、こういうことだ」
「こ、これは……いわゆるハッカーとか、そういうやつでは」
「誰が犯罪者だ。
俺はkeith.w。FXトレーダーだ。
この業界では『K』って呼ばれている」
「……K?」
「言っただろう。俺のことはどうでもいい。
それよりお前、金に困ってんだろう?
俺がなんとかしてやるよ」
「お金をくれるってことですか?」
「……俺がお前に与えるのはFXっていう強力な『武器』だ。
だが使い方を誤れば、すべてを失う可能性もある。
その覚悟があるなら、てめえに教えてやるが、どうする?」
「お願いします! FX教えてください……ッ! 借金返済して実家に戻れるようになりたいんです! なんでもしますから、師匠!」
「誰が師匠だ。
だが良い覚悟だ。じゃあ、早速だが……」
「まずは?」
「まずはバイトだ。軍資金30万を作るところから始めるぞ。
安心しろ。稼ぎのいい短期のバイト先を紹介してやろう」
「わ、わかりました!」
====================
1カ月後……
「30万円はできたか?」
「が、ガチできつかったです……
あのバイト、2度とやりたくありません」
「安心しろ。今回のバイトは俺が口利きしてやった特別な仕事だ。普段はお前みたいな貧弱にやらせる仕事じゃないし、内容的にはそう何度もやれるような仕事でもないだろう」
「そうですよね……よかった」
「じゃあ早速確認するが……たしか30万円分のシフトには入ったよな……?
なんで10万円しか通帳にないんだ?説明してみろ」
「ああ、えっと。キツいバイトが終わって気が緩んでしまったというか……久々に見る大金に思わず散財しちゃって……あと、わたし、船のレースが好きなんですよね。それでつい……」
「…………」
「ひえっ……」
「……いいか。2度目はない。
次にそんな真似をしてみろ。ボートに体をくくりつけて
太平洋横断させるぞ」
「すみません!2度としません!だから命だけは……ッ!」
「1つ、約束しろ。
FXを教わる気なら、今後一切のギャンブルは禁止だ」
「えっ? FXもギャンブルですよね」
「厳密には、な。だが、ギャンブルだと思ったらFXは負ける。
……まあ、それは追々わかってくる。
じゃあ、軍資金は10万で始めるようか」
「お願いします!師匠!」
「……だから師匠と呼ぶな。
教えるにあたって3つの条件を付けさせてもらう。
まず、最初のトレード資金は5万円。
それから、お前に教えるのは取引日で100日ピッタリだ」
「その心は?」
「……お前の性格はよくわかった。
10万円全額最初から突っ込んだら、お前の場合はすぐ溶かす。
だから最初は5万円からだ。
あと、期間を決めないといつまでも居座りそうだから取引日で100日。
休場のときや、お前が休む日は含めないでおこう」
「100日で300万の借金を返すとなると……
日給3万円? 無理ですよぉ!」
「安心しろ。相場の流れとお前の勉強次第だが、その10倍だって稼げるのがFXの世界だ。そして最後の条件は、最初に言ったが、他のギャンブルもきっぱり辞めることだ。
それができるなら、お前に俺のすべてを教えてやろう」
考えるまでもない。
私の人生は、ここが底。
ちょっと調べたが、FXでは1番低いときの値段を「底値」というらしい。
今日を、私の人生の「底値」にしてやる……!
「お願いします。私に、FXを教えてください!」
「ふっ……よく言った。じゃあまずは……」
「まずは……?」
「バイトを探すところからだ。生活費ぐらい自分で稼ぎやがれ。
もちろん、お前が自分で探せる安全なやつをだ」
「FXで稼ぐんで、当面の生活資金を貸してくださいよぉ」
「あまったれんな。
だいたい、部屋の中に引きこもってると精神衛生上よくないし、負ける。
FXでは、気分転換も大事なことだ」
「……なんかうまく言いくるめられている気が」
「俺としては、今すぐここから出ていってもらっても構わないんだが?」
「がんばりますぅぅっ!」
こうして、私のFXトレーダーとしての生活は、始まったのだった。
現在の借金額残り:300万円
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?