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30 「どうせ」ではない。

奄美大島の、小湊という270世帯ほどの集落で私は暮らしている。集落には砂浜があり、かつて、長々と続く白砂の浜は集落の人々の自慢だった。しかし漁業を生業とする人も多かったため、45年ほど前、白砂の浜を半分潰してコンクリート壁の港が造成された。自分達の集落に立派な港が出来た事を人々は大いに喜んだ。さらに同じ時期、浜へ流れ込んでいた大川の上流に、名瀬市民に飲料水を供給するためのダムが作られた。昭和50年代とは、そんな時代だった。
 
港によって白砂の浜へ砂を供給していた沿岸流が遮られた。浜へ砂を運んでいたのは沿岸流だけではなく、流れ込む河川もまた白砂青松を形作るために大きな役割を果たしていた。しかしダムの建設によって海へ流れ込む水量もまた大きく減った。自慢だった白砂の浜はみるみる縮小して行った。
 
漁港は船だまりとコンクリート壁の中に砂浜を残した部分に分かれていて、コンクリート壁に囲まれた砂浜は波も穏やかで若いお母さんたちが安心して子供を遊ばせる事が出来る。しかし、私が島へ越して来てから12年間のうちにも砂浜は目に見えて狭く小さくなっていた。砂浜には海浜植物以外に陸生の植物も生えて来ており、一言で言えば荒れていた。4ヶ月に一度は集落作業で草刈りをおこなうが、亜熱帯の南島の植物が繁茂する速度は、それで抑えられるほど甘くはない。
 
さて、そんな海岸を私は10年間、毎日愛犬と一緒に朝晩散歩をし、眺め続けて来た。思いが募った。何とかしよう、そう思った。砂浜の縮小は波による浸食だけが原因では無い。風波で砂が陸側に押し上げられているのだ。その証拠に堤防から浜へ降りる階段は5段のうち下4段が砂に埋まり1段だけしか見えていない。海流はどうにも出来ないが、陸に押し上げられた砂を押し戻すことなら出来る。この話は以前、2022年6月6日の稿にも書いた。
 
町内会に話を持ち込み、役員会での了承を得、町内会総会での了承を得た。プレゼンをして市の助成も得た。先月から砂浜に重機が入り、工事が始まった。工事に支障を来たしそうなゴミを私が拾っていると、他の集落から釣りに来ていた人から声を掛けられた。「そんな事をしても、どうせまた波で砂が打ち上げられるぞ。無駄じゃないの?」・・その「どうせ」がここまで砂浜を荒れさせた最大の要因なのだ。1回だけの整備事業ならきっとその人の言う通り「どうせ」なのだろう。しかし、今回の私の計画は「継続的に自分達でメンテナンス出来る状態を作る」ことが目的だ。重機による工事の後は、年に数度の手作業による砂押し作業が集落のルーティンに加わる。もっと正確に言えば、これまで草刈機で作業していたところをトンボによる砂押し作業に置き換える。「どうせ」を口にする人には、ルーティンこそが維持管理の王道である事を知って欲しい。そして人為の価値を知って欲しい。
 
私の書棚にはボロボロになった高村光太郎詩集がある。20代の初めだからもう30年以上も前に購入したものだ。その中の「声」という詩のページだけがちぎれそうになっている。何度も読み返しているのだ。その詩は次のように締めくくられている。
「馬鹿/自ら害(そこな)ふものよ/馬鹿/自ら卑しむるものよ」
「どうせ」とは、自らを害い自らを卑しむる最低の言葉だ。もし自分が「どうせ」と言いたくなった時には、即座に「じゃあどうする?」と言い換える事をおすすめする。

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