29 涼しくなる話・・その5
10年ほど前の事だ。母と共に日高方面へ行ったついでに、小説家の佐藤愛子が建てた浦河の山荘へ立ち寄った。氏の著書『私の遺言』の中で、ポルターガイスト現象で有名になったあの山荘だ。国道から山荘を見ると、遠く切妻屋根がまるで山の上の祠のように見える。この場所は元々はアイヌの人々が大切にしていた棲処だったと言う。そこを切り崩して山荘が建てられた。数々の霊能者がアイヌの霊を鎮めるためにここを訪れたが、騒ぎが静まるまでには20年の月日を要した。そこへ面白半分に興味本位で、しかもそういった気配を特に感じやすい体質の母と共に行ってしまった。
私は無人の山荘の庭を歩き、これがあの本に描かれていた風景かと感じ入っていた。その背後で母の様子がおかしい。「何か入った」と言う。体に何物かが入ったらしい。とにかくここを出ようと母が言う。700mほどの山道を下りて街中まで出たところで車を停めた。母は車から降りると口から何かを吐き出すかのように下を向き、私に背中を強く叩いてくれと言う。70歳の母の背中をそんなに強く叩くわけにも行かず、ほどほどに叩いていると「出た」と母の声が聞こえた。何が入り何が出たのかも私にはわからない。ただ迂闊にこのような場所に近づいてはいけないのだと言う事だけはわかった。
さてさて5週に渡って続けた涼しくなる話、ぼちぼちこの辺で終わりにしようか。