「103万円の壁」と各党の主張根拠を理解する
自民党と公明党が過半数を取れなくなった衆院選以降、国民民主党が主張する「103万円の壁」に関するニュースをよく見ますが、いつもよくわからずにいました。
・そもそもなんで103万円なんて半端な数字になっているのか
・国民民主党が主張する178万円は何を根拠にしているのか
・178万円に控除額を上げた税収減7~8兆円はどう計算したのか
・与党が税制大綱に書いた123万円は何を根拠にしているのか
・123万円になったとして結局どれぐらい控除されるのか
・地方の税収への影響は本当にあるのか
テレビやネットのニュースだと結論だけ報道されていて、そこで述べられている内容が具体的によくわからない。「どうしてそうなるの?」が分からない。
そこで自分の疑問を解消することを主目的に調べたことをここにまとめて、同じように疑問に思っている方の参考になったらと思います。
前提
「103万円の壁」は所得税と住民税に関するもの
所得が103万円を超えると、超えた分に所得税がかかります。
逆に103万円を越えなければ所得税はかかりません。
これを「103万円の壁」といいます。
例えば120万円の年収がある納税者は、差分の17万円に対して所得税がかかります(色々計算はありますが)
所得税の計算は後述の通りややこしいのですが、会社員の場合要は
「(年収-給与所得控除額-基礎控除額)×税率」
で、給与所得控除の最低額が55万円、基礎控除の最低額が48万円なので、それらを足した計103万円よりも年収が少なければ、0×税率となって所得税が無しになるということです。
所得に対して課税されるもので、所得税と合わせて議論されているものに住民税があります。
住民税については年収100万円から発生し、国民民主党は所得税と住民税のどちらも178万円まで控除額を引き上げるべきと主張しています。
他に社会保険料が生じる130万円の壁、配偶者特別控除が段階的に減っていく150万円の壁がありますが、与党と国民民主党との間で議論されていたのは所得税と住民税になります。
ちなみに1995年から103万円になりましたが、それ以前からも物価の変動に合わせて調整されていたようです。こちらの方がまとめてくださっていました。
所得税の計算式は?
所得税額
=課税所得金額×税率-税額控除額
=(年収-経費-所得控除額)×税率-税額控除額
シンプルにすると(年収-給与所得控除額-基礎控除額)×税率
▼経費
会社員なら給与所得控除額です。
給与所得控除は下記計算をします。
▼基礎控除
所得金額によって異なる控除額が設定されていますが、大体の方は48万円だと思います。
▼税率
計算された課税所得金額ごとに、下記の税率をかけて所得税を計算します。
例えば、社会保険料の支払いが発生しない年収120万円の会社員の場合は下記の計算式になります。
所得税=(年収-経費-所得控除額)×税率-税額控除額
≒(年収-給与所得控除額-基礎控除額)×税率
≒(120万円-55万円-48万円)×税率
≒17万円×5%
≒85,000円
年収300万円で社会保険料控除が44万円分ある方だと下記の計算になります。
所得税=(年収-経費-所得控除額)×税率-税額控除額
≒(年収-給与所得控除額-基礎控除額-社会保険料控除額)×税率
≒(120万円-98万円-48万円-44万円)×税率
≒110万円×5%
≒5.5万円
社会保険料控除も色々で、税額控除も色々あるので、本当はもっと複雑な計算ですが、議論のためにシンプルにここだけ計算できれば問題ないと思います。
所得税になぜ控除が存在するのか
控除をするなら最初から税率を下げればいいのに、とも思いましたが、そうではないようでした。
そもそも税制の原則に「公平・中立・簡素」という3つがあり、国民全員から一律に一定額を徴収するのではなく、個別の事情に合わせて調整することで公平性を保とうという考え方があります。
例えば基礎控除は、生活に必要な最低限の収入には課税するべきではない、という考えがあるようです。
住民税の計算式は?
住民税額
=所得割額+均等割額
=課税所得金額×税率-税額控除額+均等割額
=(年収-経費-所得控除額)×税率-税額控除額+均等割額
シンプルにすると(年収-給与所得控除額-基礎控除額)×10%+5000円
住民税は、国に納める所得税とは違い、県や市区町村に納める税金です。
前年の所得に対して課税される「所得割」と、定額で課税される「均等割」で構成されていて、それぞれ計算します。
給与所得控除額は所得税の方での計算と同じです。
所得割の税率は10%(道府県民税・都民税4%+区市町村民税6%)で、均等割の金額は5,000円になります。
詳細は下記参照です。
住民税の発生はなぜ所得100万円からなのか?
所得税と同じく課税所得に税率をかけて計算しますが、所得税は年収103万円から生じる一方、住民税は100万円から発生します。
その差分の理由は住民税の「非課税限度額」の存在です。
年収から給与所得控除の最低額55万円を引いた残りが45万円以下になる場合、住民税が非課税になります。
その上で、もし給与所得控除を引いて45万円以上残る場合には、そこから基礎控除などの所得控除をして、残った額が税率をかける課税所得となります。
下記のサイトの解説が分かりやすいです。
ちなみに所得税と住民税とで基礎控除が異なる背景は調べてもよく分からず、箱根町のホームページに下記記載がありましたが、やっぱりよくわからずです。
国民民主党の主張は
103万円から178万円へは何をどう増やすのか
ここまで前提を整理してやっと議論の理解に取り掛かれます。
国民民主党のホームページでは103万円の壁について、下記のように書かれています。
所得税は「(年収-給与所得控除額-基礎控除額)×税率」だと書きましたが、このうちの基礎控除等を75万円分引き上げる、ということです。
国民民主党はYoutubeチャンネルやテレビで「基礎控除を75万円引き上げる」と発言しています。
https://www.youtube.com/watch?v=UlSOAkkZ3fI
基礎控除は年収2400万円以下で一律で48万円なので、ここに75万円を足して123万円にして、給与所得控除の55万円とあわせて、控除額を178万円にする、ということです。
住民税については国民民主党のホームページに記載は見つけられませんでしたが、上の動画では住民税も控除額を上げると話していますね。
この動画では住民税の基礎控除も+75万円とホワイトボードに書いていますが、他の動画で住民税は178円の控除にするために、基礎控除をもう5万円上げないといけないと話していたような気がします。
なぜ178万円なのか?
国民民主党のホームページによると、1995年からの最低賃金の上昇率1.73倍に合わせて、103万円に1.73をかけて178万円にする、ということです。
「賃金上昇に伴う名目所得の増加によってより高い所得税率が適用され、賃金上昇率以上に所得税の負担が増える」とホームページに書いてありました。
これはどういうことかというと、所得税の税率は課税所得によって変わるのですが、例えば課税所得を計算したら今まで300万だったところ、インフレによって物価と賃金が上がったため課税所得が350万になり、税率が10%から20%に変わってしまい、所得の増えた分より所得税の方が増えてしまう、という現象です。
実際、最低賃金について全国加重平均の最低賃金の推移データを見ると、1995年の611円から、2024年の1,055円まで、約1.73倍になっています。
これを控除額に反映しているということですね。
下記の動画で国民民主党の古川代表代行は、103万円の壁の是正の目的について、インフレ対策の他に、現役世代の救済とデフレ脱却についても語っています。
デフレ脱却の流れがようやくできつつある今、現役世代が物価高に対して賃金上昇が追いつかない状況に苦しんでいて、医療費負担など様々な社会保障も高齢者を優遇しているため、今こそ現役世代の手取りを増やして消費を増やし、デフレから脱却する、というお話のようです。
https://www.youtube.com/watch?v=8plkK7U1mDE
基礎控除を75万円増やすと家計に何がおこるのか?
NHKが大和総研の試算をニュースにしていました。
基礎控除は所得に関わらず誰にでも適用される控除で、納税するすべての人の所得税が減税となります。
単純計算で、税率が5%のままなら、75万円が非課税になると、75×5%で所得税は年間3.75万円が減税されることになります。
住民税は税率が10%で75万円×10%で年間7.5万円の減税となります。
所得税と住民税を合わせると年間11.25万円。
年収300万円の場合の減税額が11.3万円だと上記のニュースでも書かれているので、同じぐらいですね。
もともと年収が103万円より多い人は上記のような減税になりますが、年収103万円以下で働き控えをしていた人にとっては、年収178万円まで基本的には年収が増える分だけ手取りが増えることになります。
103万円で働き控えをしている人は具体的にどんな人?
103万円を超えると起こることとしては主に下記の二つ
・所得税と地方税の負担が始まる(扶養を受けられなくなる)
・扶養者が被扶養者の分の控除が受けられなくなる
そうなると主に影響を受けるのは下記の分岐になります。
①自身が納税者として働いている人
②配偶者控除を受けながら働いている人(ただし150万円までの特別控除がある)
③扶養に入って働いている学生(130万円までの勤労学生控除があるが、103万円を超えると扶養者の控除額が減る)
④扶養に入って働いている配偶者以外、学生以外の人
与党の主張は
2024年12月20日、自民党から「令和7年度与党税制改正大綱」が発表されました。この中に、103万円の壁については123万円まで控除額を引き上げることを明記しています。
103万円から123万円へは何をどう増やすのか
国民民主党の案が基礎控除を75万円増やすのに対し、自民党の税制大綱では基礎控除を10万円と、給与所得控除の最低額を10万円増やすとしています。
結果的には下記の通りです。
所得税:基礎控除+10万+給与所得控除の最低額が+10万
住民税:基礎控除+ 0万+給与所得控除の最低額が+10万
給与所得控除の最低額が65万円になりますが、実質的に恩恵があるのは年収が約190万円までの方になります。190万×40%-10万=66万円だからです。
逆に言うと、年収が190万円以上の人にとっては、+10万円分の基礎控除しか恩恵がありません。
住民税は基礎控除が増えないので、年収が190万以上の人にとっては何の減税にもならないことになります。
なぜ123万円なのか?
自民党案では合計20万円ですが、これは消費者物価指数の1995年から現在までの推移が根拠になっているようです。
政府統計で調べると、基礎的支出項目(食料、家賃なども含む指標)として総合指標を1995年11月と2024年11月とで比べてみると、115%の増となっています。
インフレ対策として実施するのであれば、物価の上昇幅に合わせた控除額の拡大は、合理的なようにも思います。
ただ実際には特定の財源を確保しなくてもできる範囲で、国民民主党の主張を取り入れられる、かつ合理的な理由がある落としどころとして、123万円だった可能性もあります。税制大綱にも「特段の財源確保措置を要しない」と明記されています。
123万円への拡大で家計には何がおこるのか?
年収が例えば160万円なら、基礎控除が10万円増え、給与所得控除も10万円増えるので、課税所得金額は20万円減ります。
そうすると、税率は5%なので、20万×5%で年間1万円の所得減税になります。
ただ先述の通り、年収が190万円を超えると、給与所得控除は増えないことになるので、基礎控除が10万円分増えても、税率が5%なら所得税の減税幅は10万×5%の5,000円に留まります。
一方で住民税については給与所得控除の最低額が+10万円のみで、基礎控除の拡大はありません。
このあたりの比較は国民民主党の玉木さんが動画投稿してました。
年間5000円や1万円ぐらいで物価高対策だと言われてもピンときませんが、財源の議論がまだ少ない中での動きなので、今後の進展に期待です。
財源をどうするか問題
政府の試算では控除を178万円まで上げると7.6兆円の税収減になるとしています。
7.6兆円ってどういう試算なんだろう…と思いましたが、調べても分かりませんでした。
この財源をどう確保するんだ?の見通しがつかないため、与党としてもそんな簡単に控除枠を拡大しようとは言えないのだと思います。
国民民主党は財源をどう考えているのか
こちらの動画を見ると、2024年度の補正予算で下記の「余った予算」が合計7.3兆円以上あったことから、7~8兆円の捻出もできるだろうという主張がなされています。
・税収の上振れ
・予算使い残し
・外為特会余剰金
ただこれは毎年のように余剰を見込んだうえでの予算運営になっている可能性もあり、バッファを無くしてまで減税に投資するかというと大きな判断が必要にも思います。これまでも色々な増税続きなわけですから、予算に余裕があるとは直感的に思えないです。
このあたり詳しい人がいたら教えていただきたいです。
減税しても手取りが増えれば消費が増えて税収も増えるのでは?
税収減については、減税したことで消費が増え、その後の別ルートで税収を補える可能性もあります。7兆円分の所得税と住民税の減税をしたら、どれぐらいの税収効果があるのか。
極簡単な試算をしてみます。
減税をすれば可処分所得が増えるので、「可処分所得のうち消費支出に回した割合」である消費性向を、減税される分の金額にかけ合わせてみます。
直近の消費性向はこちらの記事によると約75%らしいです。
もちろん所得による差は出るので一概には言えませんが、一旦簡単な試算として全納税者の消費性向が75%だとします。
7.6兆円の可処分所得が増えれば、その75%にあたる5.7兆円が消費されます。消費税を消費額の10%だとすると(軽減税率は一旦無視)、消費税の税収増は0.57兆円になります。
加えて企業の売上が伸びることで法人税収も増えるかもしれません。
ChatGPTに試算してもらったところ、法人税や雇用増による税収増加を消費税収の 0.5倍 と控えめに見積もる提案があり、そうすると合計で0.85兆円の税収増となります。
税収減が見込まれる7.6兆円には到底足りないですが、その後の景気回復で増えるであろう税収をどう評価するか、なのだと思います。
地方の財源への影響
もし178万円まで控除を拡大したら、という想定で色々ニュースになりました。
住民税は県や市区町村の税金なので、控除が広がればそのまま地方の税収が減ります。また所得税は地方交付税交付金の財源(33%ぐらいが所得税から)なので、そちらも影響を受けます。
国民民主党の主張がこちらの動画でされていました。
地方税が減っても地方交付税交付金で財源が減らないように調整できるから問題ない、というように聞こえます。
その地方交付税交付金も減るわけですが、先述の「余った予算」から持ってくるのでしょうか。
まとめ
「103万円の壁」にまつわる議論を理解するために色々調べてきて、各党が提案している内容の根拠がある程度わかってきました。
与党の税制大綱に書かれている減税幅ではあまり所得が増える実感がなく、その中途半端さは否めないと思います。国民民主党の主張する減税額については、財源は本当に大丈夫なのかの議論と税収増の可能性をどう評価するかの議論が大事だと感じます。
両党の主張の根拠も合理的でないとは言えないと思いますが、そもそも所得税と住民税の減税で本当にデフレ脱却に効果があるのか、は誰かが研究していたら見てみたいです。