「自分の誕生日パーティーを企画する」って最も合理的で平和なのでは?
家事が嫌いな私は、週3日お掃除のおばちゃんに来てもらっている。何の引け目もなく、堂々とお掃除のおばちゃんを雇うことが出来るのがインド生活での特権だ。
そんなこんなで、お掃除おばちゃんナビーナさんが、うちにお掃除に来てくれるようになり1年。
とある早朝、突然ピンポンが鳴り、寝ぼけながらドアを開けたらそこに居たのはナビーナさん。「あれ今日お掃除の日じゃないよな?」
するとナビーナさんは「今日は私の誕生日なの!」と玉手箱のような箱を開ける。中には、インドの手作りスイーツが。
自分のお誕生日なので、感謝を伝えるためにお世話になっている人たちにお菓子を配って回っているとのこと!
驚きながらも「お誕生日おめでとう!」と言って、玉手箱のなかから、そっと黄色いお菓子を摘む。ナビーナさんのスイーツは、甘すぎずほんのりココナッツの香りがして、味わいながらいただいた。
そういえば、ベトナムでも誕生日を迎える本人が、周りにいる人たちにミルクティーをごちそうしたり、食事に行くときは、誕生日の人が全おごりという文化がある。他の国でも誕生日の本人が、まわりをもてなすケースが多いみたい。
誕生日は、日本では「祝われる日」だけど、世界では「感謝を伝える日」なのかもしれない。それって似てるようで全然違う。 「祝われる」って実は、ものすごく気を遣うことだからである。
たとえば、私が良かれと思って友達の誕生日パーティーを企画する。(ただただ誕生日という口実を使って久しぶりなみんなと会いたく飲み会を企画しているだけなんだけども)
でも、その友達は翌年の私の誕生日パーティーを企画しなきゃと気を遣わせてしまうかもしれない。逆も然り。
そして、みんなに集まってもらうだけでじゅうぶんなのに、金銭的負担まで負わせてしまう。
人数がカオスで楽しめない人が出てきたり、友達が呼ばれたからという理由で趣旨がわからず連れて来られ、気まずそうにしている人がいたり。配慮が足りず残念な状態になってしまうこともある。
という問題を解決するためには、自分で、自分の誕生日パーティーを企画するのが良い!
自分が感謝を伝えたい人たち、お世話になっている人たちを招き、最大限の料理とお酒でおもてなしをする。振りとかではなくプレゼントとかはまじで不要。
どうしても手ぶらで来るのが気まずい場合は、当日飲みたいワインを1本、もしくはビールをご持参ください。(自宅開催のホームパーティーを想定)というのはどうだろうか。「おもてなし」という場を設定して事前に告知すれば良いのではなかろうか。
これだとケーキが運ばれてくるタイミングで席を外すという、どんくさいミスも防ぐことも出来る!だって自分で用意したケーキを切り分ければいいだけだから。すごいぞ、グローバルスタンダード!画期的!
自分で自分の誕生日パーティーを企画するなんて、一見おこがましい感じもするけど、実は最も合理的で平和な方法のような気がする。どうだろうか。
次の誕生日は、自分で企画してみようかな。1年に一度、誕生日を口実に、おもてなしの場を設定できるというのは、大人のお誕生日の過ごし方としては、なかなか楽しくてcoolな気がする。
と、こんな強気にパーティーを主催できるのは、うちにはシェフ(夫)がいるからなんだが。サポートはしてくれるだろうから、料理でもてなせる自信はある。