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赤の家 -"私の街展"から生まれる物語-
現在watagumo舎(愛媛)で開催中の3人展「私の街展」。
そちらに出展中の作品から、物語を紡いでみます。期間中に不定期に更新予定。
展示情報は最下部に記載いたします。
赤の家
その家に住む少女に会えるのは、鳥か蝶か、というところです。
![](https://assets.st-note.com/img/1699576169192-cAKtjU5mQs.jpg?width=1200)
町と町の間には、だだっ広い原っぱと、ぽつんぽつんと低い木、それから町をつなぐ一本道だけがありました。
その一本道を行く人には、ときどき風にのって、甘い匂いが漂ってくることがありました。
「いったい何の匂いだろう?」と、風の来る方角を見やると、原っぱのずっとずっと遠くの方に、赤い水たまりのようなものが見えました。それはまるで、明るい緑色の絨毯に、赤いインクを一滴垂らしたようです。
「あれはなんだ?」
誰だって不思議に首を傾げますが、一本道を行く人は、みんな町から町へ急ぎ足、誰も自分が近くに行って確かめようとはしませんでした。
ある時、青年がふらふらと歩いていました。青年はまだ十代でしたが、旅人でした。出発した町がとうに見えなくなるくらい歩いたころ、青年もあの赤い水たまりを見ました。
青年に急ぐ理由はありません。
「あれがなんなのか、僕が見にいこう。」
青年は道を外れて、原っぱの中をずんずん歩いてゆきました。
何時間歩いたのか、そろそろ草を踏む足が上がらなくなってきた頃、青年は、赤い水たまりだと思って目指してきたものが、花畑であることに気がつきました。そして、花畑の真ん中には、赤い屋根の小さな家があるのです。窓は閉ざされていますが、中に人が暮らしている気配がします。
花畑には、あらゆる赤い花が咲き誇り、いえ、本来赤いはずのない草花も、赤色に染められてしまったように見えました。
ここまでくると、歩みを一歩進めるごとに、あたりに漂う甘い匂いが、どんどん濃くなっていきます。蜂蜜と、バニラと、薔薇と、シナモンと、お母さんのお乳の香りが混ざりあったような甘い匂いは、重力を持って鼻や口から入り込んできます。
危険と誘惑が、頭の中に同時に鳴り響きます。
赤い花畑は青年の腰丈ほどもあって、互いに絡まりあい、外からやってくる訪問者を誘い込んでいるのか、追い返しているか。もしくは、小さい家の住人を、閉じ込めているようにも見えます。
花畑の縁まできた青年は、窓に向かって呼びかけました。
「すみません、誰かいますか。」
しばらく静かな時間がありました。そのあと、ガラスのむこうに何かが揺らめいて、窓がゆっくりと開きました。
青年が思わず花畑に一歩踏み込んだとき、ケシの花が目の端に見えました。
「あっ。」
と、声を漏らすのと同時に、青年はばたりと倒れ込み、ぐっすり眠り込んでしまいました。
watagumo舎さんの企画展「私の街展」に出展中。今日から2週目がはじまります。
11月3日-19日(open金土日祝) 11-17時
watagumo舎
https://www.instagram.com/watagumosya/?hl=ja
愛媛県久万高原町下畑野川甲680
参加作家
経塚真代 ・北原裕子 ・松村真依子