まつむらまいこ

絵本作家・絵描きです。 www.mayko88.com

まつむらまいこ

絵本作家・絵描きです。 www.mayko88.com

最近の記事

詩「魔法の生活」

魔法の生活 お気に入りのワンピースを着ると 誰かに会いたくなる。 今朝の気分にぴったりの マグカップを選ぶ。 そのマグカップで飲む コーヒーはおいしい。 あつあつのドーナツが 胸もあたためる。 ほかほかのスープが 涙を誘う。 子どもの体をさすると 寝息をたて始める。 その呼吸を見つめて わたしも眠る。 ちいさな ほんのちいさな魔法が 日々に あふれている。 ひとりきりでいるのに 誰かの存在を感じる。 たくさんの音に囲まれているのに 静けさを取り戻す。 はじめて会ったのに

    • 詩「しらさぎになって」(草稿)

      「ねえ、しんだら どうなるの?」 おひるねまえの まどべには いっぴきの ちょうちょ。 わたしが きっと さきに しぬ。 そのときは ちょうちょに なって あなたに あいにいくよ。 「ちょうちょだったら つかまえちゃうかも。」 あなたは すこし かんがえて 「じゃあ わたしも きっと  あとから ちょうちょに なって あいにいく。  でも ちょうちょは ちいさいから  わたしたち あえるかな?」 それなら しらさぎになって あおうよ。 ごきんじょの かわのほとりや

      • 詩「ほしみたい はなみたい」

        「ほしみたい はなみたい」 きみの めって ほしみたい きらきら ぱちぱち してるのね きみの ほっぺって おひさまみたい ほかほか まるくて あったかい きみの くちって はなみたい ふわふわ ピンクで やわらかい きみの はなって ボタンみたい ぽちっと かわいく ちいさいの きみの あしのゆびって パンみたい つやつや ぷっくり おいしそう きみの おなかって やまみたい とことこ あるくと わらっちゃう きみが わらうと すずみたい ケラケラ カラカラ 

        • 2024年読書記録1月

          「今年どんな本を読んだかな・・・」 一年の終わりに振り返ろうとしても、毎年年末にはすっかり忘れている。積読も読み終わった本も混ざり合って、本棚をはみ出した本は隙間という隙間に立て掛けられ、積まれている。混沌。せめて何を読んだのかだけでも記録していこうと、今年からInstagramで読書記録を始めました。今のところ感想文のようなものも一緒にあげているので、それを月ごとにnoteにまとめてみます。 「人質の朗読会」小川洋子 中公文庫  この本を手に取ったのは年末の大型書店で、

        詩「魔法の生活」

          体を持って生きていること

          どの本で読んだのか思い出せないのが惜しいけど、ひとつ大切に思っている言葉がある。たぶん哲学者の池田晶子さんの本だったと思う。 その本では「なにが私を私たらしめるのか」について色んな角度から突き詰めていた。生きるとは何か、死ぬとは何か。死ぬと私は消えるのか。肉体が消えると私が消えるのなら、私は肉体でしかないのか…。 いろんな考えのあとに、「私」は記憶や思い出が形成する、という一つのアイデアが浮上する。ということは、未来の技術で人の記憶を身体の外に保存できたら、その人は肉体が

          体を持って生きていること

          絵本「わたしはしらない」のこと

          今年の10月に「わたしはしらない」の新装版が出版されました。 そしてこの度アニメーターの窪田祥さんが、「わたしはしらない」の一場面を15秒のアニメーションにしてくださいました。そんな嬉しい機会にかこつけて、少し絵本について書こうと思います。 (そもそも言葉で説明できないことを絵本にしているので、それを後から言葉で説明することの野暮さを自覚はしていますが、どうか大目に見てください。) 「わたしはしらない」という言葉は、それ単体で聞くととても無責任な感じがします。不安を覚える、

          絵本「わたしはしらない」のこと

          青の家

          青の家 「ぼくを水槽に閉じ込めないようなんて、まさか君は思わないよね?」  水たまりの魚は言いました。女の子は大きな紙袋に入れて持っていたガラスの水槽を、思わず後ろ手に隠しました。  どうして水たまりに魚がいるのかというと、こんな訳がありました。  女の子の住む街にある日、大嵐がやってきました。風がびゅーびゅー吹いて、雨はざーざー降って、大嵐がようやく過ぎ去った頃、街はずれの窪地に大きな水たまりが出来ていました。(そこは遊水池と言って、たくさん雨が降った時に、わざと雨が溜

          雲の上の音楽家の家

          雲の上の音楽家の家  誰かに愛された小鳥は、空よりもっと高い天に昇ったあとも、人の姿をした天使を恐れません。  小鳥は、天使の小屋を訪れては、天使の指にとまったり、朝食のサラダをついばんだりします。サラダがないときは、チッチっと鳴いてねだります。    天使は少し深さのある小皿に、朝露を集めた水を張り、テーブルの上に置いておきます。小鳥はそこで気持ちよさそうに水浴びをします。  水びたしになったテーブルを、乾いた布巾で拭く天使の肩の上で、小鳥はぶるぶると体を震わせます。天

          雲の上の音楽家の家

          赤の家 -"私の街展"から生まれる物語-

          赤の家  その家に住む少女に会えるのは、鳥か蝶か、というところです。  町と町の間には、だだっ広い原っぱと、ぽつんぽつんと低い木、それから町をつなぐ一本道だけがありました。  その一本道を行く人には、ときどき風にのって、甘い匂いが漂ってくることがありました。 「いったい何の匂いだろう?」と、風の来る方角を見やると、原っぱのずっとずっと遠くの方に、赤い水たまりのようなものが見えました。それはまるで、明るい緑色の絨毯に、赤いインクを一滴垂らしたようです。 「あれはなんだ?」

          赤の家 -"私の街展"から生まれる物語-

          個展「暗喩」のこと①詩の序文について。

          個展「暗喩」がはじまりました。 詳細は最後に記載しますが、始まってから一週間と少し、既に胸がいっぱいになっています。ご覧いただいた方から、とても心のこもった感想や、絵から連想された大切な思い出を教えてもらったり。その深度がぐんと深い気がしています。 この個展はわたしにとって非常に大切な「読点」になると思います。 お魚みたいな女の子の絵。この子みたいに、深く内側に潜っていくことができた製作期間でした。 今回は本やポストカードは作っていません。「展示を作る」ということに注力した

          個展「暗喩」のこと①詩の序文について。

          エンプティネスト

           3泊4日の旅行に家族で出かけました。思えば3泊以上の旅は本当に久しぶりで、文鳥のモンちゃんが我が家に来てからははじめてのことでした。  1、2泊なら、水とご飯を多めに置いて、空調をつけっぱなしにしていけば問題ないのですが、さすがに3泊となると心配です。いろいろ考えた末、近所の動物病院のペットホテルに預けることにしました。  旅行当日の朝、開院と同時にモンちゃんをペットホテルに連れて行き、一旦家に帰ってきました。さあ、戸締りをして、荷物を積んで。あれこれ準備をしながらも、い

          エンプティネスト

          本気のマグカップ

           モーニングルーティン。直訳すると朝の慣例。朝起きて、お水を飲む。冬場は寒いので白湯を飲む。それからコーヒーを淹れる。いい感じです。出来上がった淹れたてのコーヒーを、カップに入れる…その前に。棚に並ぶカップと真剣に会話する。怪しいでしょうか。怪しい感じです。  これは、私が幼児の子育てから卒業した頃に始まった、毎朝のルーティンです。 「毎朝好きなカップを選びます」と言うと優雅に聞こえますが、ことはもっと重大、且つ本気です。  器好きの夫が集めてきたもの、私がごく稀に買ってく

          本気のマグカップ

           「これって哲学だったんだ。」池田晶子の本のこと。

          「小説以外の本は本ではない」と10代の頃は本気で思っていました。  中くらいの読書好きとして、本は少々読んでいたけれど、小説以外の本を一切受け付けていませんでした。物語こそ読書であると、なぜか強固に思い込んでいました。  20代前半で子どもが生まれてからは、読書をする時間も心の余裕もない生活でした。やっと少しずつ活字を読めるようになった時、リハビリ的にエッセイを読み始めました。短くて生活に直結していて読みやすい。「小説じゃなくても本って面白いんだ」と、ようやく目覚めた20代

           「これって哲学だったんだ。」池田晶子の本のこと。

          誰でも本は作れるという場所

           今年の春から子どものアトリエ(創作教室のようなところ)にボランティアに通っています。  原画展や個展を開催すると「ワークショップや、子どもを対象にしたイベントをしませんか?」というご提案をときどきいただきます。やってみたい気持ちはありつつ、「でも経験も知識もないから・・・」といつも尻込みしていました。そもそも私は人前に立つのも、人の輪の中心になるのも苦手なので、その上に経験もなければ、よりどころが何ひとつ無いわけです。何か場を作る仕事を体験してみたいな・・・とぼんやりと思

          誰でも本は作れるという場所

          全然制作しない制作日記① -虚無について-

           ふとした瞬間に突然やってくる虚無。朝から体も頭も動かなくて、最低限の家事をしたり、スマホ見たり、メールの返信をしたりしているうちに、時計が11時半なんて時刻を指していると「午前中を無駄にしてしまった…」と絶望的な気分になる。これは制作日記だけど、今のところ頭の中でしか制作は進んでいない日記だ。  目の前の締切や展示スケジュールに追われている間はガンガン進むしかない。与えられたゴールに向かって走り、また次のゴールに向かって走り…を繰り返していく。  無限に続くかと思ってい

          全然制作しない制作日記① -虚無について-

          詩の絵文庫について

           私の自費出版の活動に名前をつけることにしました。「詩の絵文庫」と言います。特に何も変わりはありませんが、これからの私の刊行物は、「詩の絵文庫」がレーベル名になります。  なぜ突然レーベル名を付けたかと言うと、ちょっとした意思表示がしたかったから。詩と絵の本、「詩の”絵文庫”」であると、言ってみたかったのです。  私の場合、こと近年の自費出版物においては、自分の作っている物がいわゆる「絵本」か?と自分自身で疑っています。  絵本は、本来は「絵」があって「本」であれば絵本な

          詩の絵文庫について