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やます落花生~落ちた花が実になる絆の物語~
神様は乗り越えられない試練は決して与えない。
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これは、
やますと千葉県の落花生農家たちが共に歩んだ、絶望と再生の物語。
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落花生の最高品種は千葉にある
全国シェアの8割以上。
落花生は千葉を代表する農作物です。
中でも日本最高品種と呼ばれているのが「半立(はんだち)落花生」。
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半立(はんだち)の由来は「葉の形」です。
葉が「上」を向く品種と「横」に伸びる品種を掛け合わせたため、葉が「ななめ上」に向くのです。
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その葉の形から「半立(はんだち)」と呼ばれるようになりました。
産地として有名なのは、千葉県北部にある「八街市(やちまたし)」です。
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口にした時の風味やコク、どこまでも濃厚な香り……。
数ある落花生の中でも「半立(はんだち)落花生」の味わいは〝頭ひとつ〟抜けています。
なぜ落花生と書くか知ってますか?
これは、その名の通りなのです。
落花生は成長すると花が咲きます。
その花が落ちて、地中にもぐって、最後は実になるのです。
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「落ちた花から実が生まれる」
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だからこそ「落花生」と呼ばれています。
落花生には贈答の意味がある
「落ちる」という言葉がある落花生ですが、
やますでは「七転び八起き」の気持ちを込めて作っています。
例えば、
快気祝い/就職お祝い(再就職祝い)/入学祝い。
人生は山あり谷あり、大変なことも多いけど
「頑張ればいつか花が咲く」というメッセージを込め、
お中元やお歳暮に使っていただきたい、そんな風に考えています。
やますの屋台骨・落花生
いまや高級食材となりつつある「半立(はんだち)落花生」
それを殻のまま煎ったのが、こちら「やます落花生」です。
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やますの商品は全部で3000品。
その内、落花生商品は500を占めています。
中でも、「千葉半立種」を使った「やます落花生」は「屋台骨」とも言える商品です。
(※落花生商品全体の売上げは年間7億円にもなります)
……しかし、2000年初頭。
やますと千葉の落花生農家は、地を這うような売上げに苦しんでいました。
なぜ、そこまで窮地に立たされていたのでしょうか。
原因は「千葉といえば落花生」というイメージそのものでした。
「落花生はもういいよ」
「千葉といえば落花生」
これは多くの人が持っているイメージです。
しかし、このイメージが仇になりました……。
落花生農家は自分たちの主力商品をお客様に熱心にすすめます。
ところが、そんな時に決まって言われる、手厳しい言葉がありました。
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当時を振り返り、房の駅代表・諏訪 聖二(すわ・せいじ)氏は言います。
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──────────────
千葉県の落花生は本当に美味しいんです。
粒もよくて、風味も濃厚、おおまさりなど品種によって味わいも違います。
それでも、お客様にしたら「また落花生? 他にないの?」という感覚なんです。
そんな声を聞くたびに、落花生農家は少しずつ自分たちの作っているものに自信を失っていきました。
……いつしか、落花生作りに情熱を失い、それ以外の商品をすすめるようになってしまったんです。
──────────────
ニンジンを作っていた方がマシ
しかし諦めるわけにはいきません。
なにしろ千葉の落花生は、他の追随を許さない、全国生産量1位です。
聖二氏も「落花生をないがしろにして、千葉とやますの未来はない」
そう思って、取引をしてくれる落花生農家を一軒一軒、訪ねて歩きました。
新規開拓は難航しました。
2000年初頭、千葉の落花生はブランド化されておらず、1キロ当たりの価格がたったの300円でした。
落花生農家は口をそろえて、こうボヤきました。
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落花生を作るぐらいなら、ニンジンなど他の農作物を作っていた方が、いくらか身入りが良い。そう言って、嘆いたのです。
進まぬ新規開拓。
そんな時、力になってくれたのが八街市のすぐ隣、富里市(とみさとし)にある「池宮商店(いけみやしょうてん)」でした。
落花生の盟友:「池宮商店」
戦争の傷がまだ癒えぬ1947年(昭和22年)。
池宮商店は、初代:池宮城 寛(いけみやぎ・ひろし)さんが立ち上げました。
千葉県八街産の落花生を原料に落花生製品、豆菓子、落花生加工品を作っている会社です。
やますとは、2代目・優(まさる)さんからの付き合い。
落花生農家の新規開拓にも力を貸してくれました。
池宮商店の協力もあり、落花生を卸してくれる農家が少しずつ増えました。
しかし、彼らのモチベーションにはムラがありました。
中には、落花生作りに心血を注げない人たちもいたのです。
それが、如実に現れたのが、収穫された落花生がつまった「麻袋」でした。
麻袋には妥協と打算が詰まっていた
落花生の新豆の収穫が始まる毎年9月。
聖二氏は、2代目・優(まさる)さんと共に契約農家をまわります。
そこには、収穫した落花生がつまった「麻袋」がありました。
ある農家へ向かう前、優さんがこう耳打ちしました。
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聖二氏がけげんな顔をすると、こう続けました。
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そうなのです。
契約農家の中には、麻袋に枝や根っこを入れ、中身をカサ増ししている人たちもいたのです。
落花生だけが詰まった麻袋は、外から叩くと「スパーン!」と小気味いい音が鳴ります。ところが、カサ増しされた麻袋を叩くと〝音が濁る〟のです。
音が濁った麻袋を開けると、落花生にまざって枝や根っこが入っています。
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「カサ増しは困る」そう指摘します。
ところが、逆に開き直って、こう返してくるのです。
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麻袋に詰まった〝妥協と打算〟
……心が荒んでいました。
しかし、落花生農家にもツライ事情があったのです。
それが〝落花生の等級〟にまつわる大きな問題でした。
全ての等級をまんべんなく売らねば
落花生には全部で5つの等級があります。
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落花生の加工は大きく2つに分かれます。
特等「殻付き」と、2等以下の「殻を取った剥き身」です。
人気があって高く売れるのは「特等」です。
これが、落花生商品で売上げ1位を誇る「半立(はんだち)落花生」になります。
ところが、すべての落花生が特等に選別されるわけではありません。
殻付きのまま煎って勝負できる特等は、全体のごく一部です。
どうしたって、2等以下の落花生は出てしまいます。
これらを加工して、お金に変えなければ、落花生農家は生きていけないのです。
2000年初頭、その「加工商品」がまだまだ手薄でした。
落花生農家の多くは、2等以下の落花生の扱いに頭を抱えていたのです。
課題は見えていました。
それが「どの等級の落花生も満遍なく売る」こと。
そのためには、なにかきっかけが必要でした。
ジェフユナイテッド市原・千葉とのコラボ
そんな時、ある話が持ち上がります。
「ジェフユナイテッド市原・千葉」とのコラボ商品でした。
※ジェフユナイテッド市原・千葉
……ホームタウンの千葉県市原市・千葉市を拠点とするJリーグクラブ。
1993年開幕期からJリーグに加盟している。
2005年、
「房の駅」とコラボして、「臨海魂ピー。(りんかいだまぴー。)」という落花生商品を作って、スタジアムで販売しました。
原材料は、100%千葉県産の落花生です。
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千葉県の形に切り取られた〝透明な窓〟をご覧ください。
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落花生が「白くコーティング」されていますよね。
この落花生、何等かというと……
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そうなのです。
「臨海魂ピー。(りんかいだまぴー。)」には「4等の落花生」を使ったのです。
これを見た、落花生農家は……。
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同時に落花生農家の心に変化が生まれました。
当時を振り返り、諏訪氏は言います。
──────────────
喜んでいましたね〜。
こんな風に思えたそうです。
「ジェフのスタジアムで売っているピーナツは、自分が作ったんだ」
ちょっと前まで、看板商品(落花生)に自信を持てず、みずから看板を後ろ手に隠してきたワケです。
それが堂々と「この落花生は自分が作ったんだ」と胸を張れる……
「誇らしさ」って、仕事をする上で大事だと思うんです。
それを取り戻すお手伝いが少しでも出来たのかと思うと、嬉しかったですね。
──────────────
やますと落花生農家の間に少しずつ「信頼」が芽生え始めました。
「臨海魂ピー。(りんかいだまぴー。)」の後も、2等以下の落花生を使った商品が次々と誕生します。
ピーナツペースト(2等・3等の割れた落花生を使用)
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Enjoy Peanuts(エンジョイ・ピーナツ/4等を使用)
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池宮商店を通じて落花生を卸してくれる農家が少しずつ増え始めました。
売上げも右肩上がり。
落花生の花が咲くように「結果」が出たのです。
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当時を振り返り、池宮商店の3代目・涼香(りょうこ)さんは言います。
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歯車が噛み合い、すべてがうまく回っていました。
いま思えば、この頃の父が一番楽しそうでした。
「何もかも順調だなぁ……」と、しみじみ言っていたのを思い出します。
──────────────
しかし、神様は残酷です。
2013年12月16日。
やますのパートナーである池宮商店を、思わぬ「悲劇」が襲うのです……。
みんなの夢が灰になった日
2013年と言えば……。
安倍政権の経済政策「アベノミクス」が始動。
2020年夏季五輪・パラリンピックの、東京開催が決定。
宮﨑駿監督、5年ぶりの長編映画「風立ちぬ」が公開されました。
そんな年末、12月16日の夜。
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工場には、その年に収穫し終えたばかりの落花生がありました。
冬の乾燥した空気の中、適度な油分を含んだ落花生は、皮肉なことによく燃えたそうです。
まるで熾火(おきび)のように、いつまでも燃え続けました。
完全に鎮火したのは、翌日の夕方……。
出火場所は、工場内ベルトコンベアの下辺り。
火の気もなく、10年以上経った今も、出火原因は不明です。
その代わり、間違いのない事実がありました。
全てが灰になってしまったのです。
まだやれることがある
火事の翌日。
優さん(2代目)と涼香さん(3代目)を、やますの〝兄弟〟が訪ねました。
諏訪商店 代表取締役、兄・諏訪 寿一(としかず)氏、
房の駅代表、弟・諏訪 聖二氏です。
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二人は言いました。
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〝いまやれることをやろう〟
涼香さん
「もう、私たちにやれることはない。
そんな風に諦めていました。
だから、声をかけてくださって有難かったです。
……自分達にも「まだやれることがあるんだ」そう思えました」
2013年の年末。
契約農家に残っていた、わずかな落花生をかき集めて加工すべく奔走しました。
火事の後始末も進めながら怒涛の日々。
……しかし、神様はさらなる試練を親子に強いるのです。
父のガンが再発
涼香さん
「火事の後処理と落花生商品の準備。
2つの激務の中、父の顔色がどんどん悪くなっていきました。
病院に行って検査したところ、ガンが再発していたんです」
かつて優(まさる)は、ガンを患っていました。
火事の前、それが寛解(かんかい)したと告げられ、家族は安心していたのです。
ところが、よりによってのタイミングで「再発」
治療・入院を余儀なくされます。
そんな中で、再起への道を歩まねばなりません。
涼香さんの双肩にかかる、途轍もなく大きなプレッシャー。
それを奮い立たせたのが〝優さんの姿〟でした。
涼香さん
「焼け落ちた工場を見る父の姿は今でも忘れられません。
……一言こんな風につぶやきました」
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涼香さん
「そう言って肩を落とす父の背中が、悔しそうで、寂しそうで。
だからこそ、思ったんです。
〝焼けたモノはなるべく早く片付けて、1日でも早く新工場を作ろう〟」
新しい工場が〝生き甲斐〟
そこから急ピッチで新工場の再建が進みます。
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すると建設現場へ、ふたたび優(まさる)さんが姿を見せるようになります。
安静にしなければならない体をおして、何度も何度も建設現場に足を運びます。
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目の色が違っていました。
火事直後の「絶望」から、未来を見据える「希望」へ。
新工場の完成こそが、優さんの生き甲斐になっていました。
そして、火事から1年もたたない2014年9月。
池宮商店の新工場が誕生しました。
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涼香さんと二人、新工場をみながら優さんがニヤッと笑っていいました。
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いまだ予断を許さないガンの病状。
自分はどこまで支えてやれるかわからない。
だからこそ、この先の池宮商店のことは頼んだぞ。
優さんなりの叱咤激励が、この言葉にはこもっていました。
モルヒネ、混濁した意識の中で……
再起への近道はありません。
いまやれることをコツコツとやる。
2等以下の落花生を生かす商品開発、
契約してくれる落花生農家の開拓、
やますと池宮商店が成長するために必要なことを一つ一つ積み上げていきました。
あの火事から3年たった2016年。
優さんの病状が、いよいよ厳しくなってきました。
ガンの痛みを抑えるモルヒネの投与が増えていきます。
意識は混濁し、ただただベッドで寝て過ごす時間が増えました。
「……もう、危ないのかもしれない」
何かを感じた涼香さんが、病室に招いたのが、諏訪商店 代表取締役、寿一(としかず)氏でした。
ベッドで横になる優さんに、寿一氏はこう声をかけました。
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すると驚くべきことが起こりました。
混濁した意識のまま、横になっていた優さんがベッドから起き上がったのです。
その目にみるみる生気が宿り、寿一さんと言葉を交わします。
涼香さん
「モルヒネで起きているのか寝ているのかわからない状態が続いていたので、本当にびっくりしました」
優さんと寿一氏、二人が話した時間はわずか数分です。
会話の最後、優さんは寿一氏の手を握って、ハッキリと言いました。
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それから5日後。
優さんは息を引き取りました。
この年、涼香(りょうこ)さんが正式に、池宮商店の3代目となりました。
1.5倍の倉庫に込めた〝思い〟
新工場を再建するにあたって、大きく変えたことがありました。
それが「倉庫の大きさ」です。
焼けてしまった前の工場から、倉庫の大きさを「1.5倍」にしたのです。
今より会社を成長させるには、たくさんの「落花生」が必要です。
やますからも「もっと集めてほしい」と言われていました。
同時にこう声をかけられたそうです。
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質のいい落花生をたくさん集めて、1.5倍にした倉庫をいっぱいにしなければ。
そのために、新たに始めたことがありました。
落花生農家を育てる
涼香さん
「やますさんと成長するには、
もっともっと落花生農家を育てなければと思いました」
新たな取り組み、それが「落花生農家のサポート」です。
落花生育成のノウハウも含めて、種まきから収穫まで全てを支えたのです。
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これは、SDGs〈エスディージーズ〉(持続可能な世界の実現)の一環でもあります。落花生という土台に支えられ、千葉県全体が盛り上がっていく。
それこそ、やますと池宮商店が目指す、大きな大きな目標でした。
落花生農家を育てる取り組みは、今も着々と進んでいます。
契約農家は、休閑中(畑を休ませる)も含めれば、100軒に迫ろうとしています。
一粒たりともムダにしない
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〝千葉には何もない〟
これは、房の駅代表・諏訪 聖二氏が大学時代、周りから言われた言葉です。
しかし20代半ばで実家・市原市に戻り、足元を見た時〝落花生〟がありました。
その時に強く思ったことは「落花生をないがしろにしてはいけない」
この思いが「落花生を一粒たりともムダにしない」という、やます全体の理念へと発展しました。
今や、全3000品の内、落花生商品は500。
中でも「やます落花生」は売上げNo.1を誇ります。
麻袋の中身は……?
最後、涼香さんに聞いてみました。
──────────────
Q:いま、麻袋の中身はどうなっていますか?
──────────────
すると笑って答えました。
「今でも、枝や根っこを入れる農家さんはいますよ。
映画やドラマみたいに、キレイなオチじゃなくてすみません(笑)
ただ、前と比べると、かなり減りました。
そういうところも含めて人間ですから、辛抱強く付き合っていきます」
落ちた花が実になる
覚えているでしょうか。
落花生は落ちた花が実になることを。
2013年の火事で、花は地べたに落ちたのです。
それでも、諦めず地中に潜り、少しずつ少しずつ根を伸ばし、少しずつ少しずつ実をつけました。
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これは「やます落花生」の地中に埋まっていた、小さな小さな物語。
忘れてはならない大切な物語……。
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※こちらはやますの公式HP(この記事の取材・構成を担当しました)
やます物語シリーズ
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