鬼滅の刃の唯一無二性

はじめに

 私は漫画が好きで、漫画を見る目もそこそこあると思っている。漫画雑誌(ジャンプ、スピリッツ、ヤンジャンなど)を6年間くらい読んでいて、「この漫画は連載が続くな」とか「この漫画はヒットするな」というのを連載初期(4話まで)に予想する。そしてほとんど当たる。鬼滅の刃に関しても「連載が続くな」とは予想していたが、ここまでの社会現象になることは予想できなかった。なぜここまでの社会現象になったのか、マーケティングとかSNSとかいろいろな要素はあるだろうが、鬼滅の刃という作品には他の漫画にない唯一無二性があるはずだと思った。

映画を見てきた

 ジャンプ本誌、単行本、アニメ(映画)でそれぞれ一回ずつ見ているので無限列車編までは3周していることになる。映画を見るまで「鬼滅ってなんでこんなにヒットしたんだろうな」とたまに考えていたが、納得のいく答えは出なかった。しかし映画を見て自分なりの答えが出た。

ド正論すぎる

 これが俺の出した結論である。鬼滅の刃って気持ち悪いくらいの正論を我々にぶつけてくるのである(褒めてます)。

主人公 炭治郎

 主人公である炭治郎は利他的すぎる。絶対に性善説を信じている。自分の無意識の中に侵入した人を精神の核まで誘導してしまうような人間である(精神の核が破壊されると廃人になる)。人にやさしくしなさい、困っている人を助けなさいという言葉は道徳の教科書に嫌というくらい載っているだろう。炭治郎の利他性はまさしく人間が理想とする姿の一つだろう。

煉獄さん

 煉獄さんは強い人だ。自分が強いこと、才能があることを自覚している。そしてその力を弱き人を守るために使う。決して人を傷つけたり、私利私欲のためには使わない。そして母親が死んでも父親がアル中になっても、腐らずに鍛錬を続ける。そして人の弱さ、儚さを愛している。

なんでこんなド正論をぶつけてきてるのに気持ち悪くないんだ

 俺はド正論が嫌いである。正確に言うならばド正論を言われることが嫌いである。なぜならばド正論が正しいことはわかっているからだ。誰もが正しいと知っている。今までの人生で嫌というほど聞いてきた。そして何回も聞かされてきたのに、強い人間に優しい人間に未だになれていない。そんな弱い自分を認めることにもなってしまう。

「戦う理由」がしっくりくるマンガが好きだ

 例えばBLEACHで一護は「護るために戦う」。なんか一護が「守る」ってなことを言うたびに「なんだかなー」と思っていた。またナルトではみんな「子供たちのために(里を守るために)戦う」。これもいまいちピンとこなかった。嘘くさいというか言葉が薄っぺらく感じた。俺が天邪鬼なのもあるがなんか気持ち悪い。力があったら自分のために使ってそのあと他人じゃねとか。そこでワンピースは「うるせぇ、いこう」である。これがワンピースが大ヒットした理由だと思っている。ワンピースでは偽善めいた動機でルフィが行動することはない。基本的に「やりたいからやる」=欲望である。欲望はほとんどの人間が持っているだろう。「仕事休みたい」「もっと成長したい」「ゲームしたい」「寝てたい」「うまいもん食いたい」「彼女ほしい」「セックスしたい」これらすべて欲望である。だれもがルフィの動機に共感することができる。欲望を抱えていることを肯定し、その欲望を実現するために行動することを正当化してくれた漫画がワンピースだと思う。海賊が国を救うこともあるし、海軍が汚職まみれのこともある。正義(正しさ)とは相対的なものだから、あなたの欲望も正義たりうると。

今までだったらうんざりしてたド正論、でも鬼滅の刃の戦う理由はまっすぐ過ぎた

 炭治郎達の戦う理由は欲望ではない。「弱い人を守る」だったり「無惨(圧倒的害)を倒す」だったりと、とにかく人のために戦う。これは俺が今までいまいち納得できなかったものだ。ド正論だ。でもまっすぐ過ぎた。炭治郎が、煉獄さんがまっすぐ過ぎた。まっすぐ過ぎた人のまっすぐ過ぎた言葉はめちゃくちゃ気持ちよかった。心地よかった。たぶん多くの人がこの心地よさを感じたんだと思う、鬼滅の刃から。小さいころから何回も目にしたり耳にしてきた正論たち。俺は今までそれをちゃんと消化できてなかったんだと思う。強く生き、他人のために生き、弱い人のために力を使う。このとても高いハードルを越えることなんて不可能に思えて、弱い自分を直視しないように生きてきたんだと思う。でも鬼滅の刃は言う。強く生きろと。他人のために生きろと。私利私欲のために力を使わず弱き人のために力を使えと。

最後に

 鬼滅の刃は唯一無二のド正論な漫画だ。そんなド正論に子供から大人までみんな共感した。感動した。だから社会現象にまでなった。そんな日本(世界?)がこれから良くならないわけがない。ジョン・レノンがImagineを歌っても戦争はなくならなかったけど、芸術作品には世の中を変える力があると思っている。鬼滅の刃を読み育った子供たちが中心となる世代に日本がどうなっているか楽しみだ。


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