見出し画像

[2024/07/23] 往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第85信:嫁姑問題からIT活用成功例までてんこ盛り家族ドラマ『未来の家』~往年のテレビドラマリメイクが面白い理由~(轟英明)

~『よりどりインドネシア』第170号(2024年7月23日発行)所収~

横山裕一様

今年も日本には死にそうな暑さの季節がやってきたようです。これを書いている7月半ばは一応まだ梅雨ですが、少し前は35度を超える猛暑日が日本列島各地で連日記録されました。「ああ、インドネシアのほうが涼しかったなあ」と愚痴るのは帰国して以来毎度のことではあるのですが、今年も繰り返すことになりそうです。やれやれ。

**********

さて、前回第84信で横山さんは第83信の私のコメントに特に反応されなかったのですが、それ以前の横山さんのご指摘について、また第84信で紹介された『ジョコ・アンワルのナイトメア&デイドリーム』(Joko Anwar’s Nightmares and Daydreams)について、私からいくつかコメントを返しておきましょう。

横山さんが第82信で紹介された『魔の11分』(Critical Eleven)をNetflixにて先日鑑賞しました。レザ・ラハディアンとアディニア・ウィラスティの共演作は『魔の11分』の前に、私が第65信で紹介済みの『いつ結婚するの?』(Kapan Kawin?)で確認ずみでしたので、二人の相性が悪くないであろうことは鑑賞前から予想がつきました。果たしてさほど期待せずに見始めた『魔の11分』でしたが、言われていたほど悪くはなかったかな、というのが率直な感想です。

『魔の11分』という作品に難があるとすれば、というか、幾らでも難癖はつけられますが、一番問題があると感じたのは、全体的な構成でした。前半は主人公二人の出会いから新婚までのラブラブ状態、中盤の死産で一気にドヨーンと落ち込み、後半徐々に夫婦の絆を回復、そしてハッピーエンドという流れなのですが、どうにも全体的に冗長です。後半の展開のために、前半では超富裕で物質的にも精神的にも幸福な夫婦のラブラブぶりをこれでもかと何回も見せるのですが、正直言ってクドいの一言。「もう勝手にやってろ!」とツッコミたくなるレベルです。

ところが、死産が判明した中盤から一気にシリアスどんよりモードに突入します。ちょっと他のインドネシア映画ではあまり見られないくらいのシリアスぶりです。興味深いのは、人生の一大悲劇とでも言うべき「死産」をちゃんと正面から取り上げ、適当に省略してお茶を濁してはいない点です。これはこれでなかなか悪くなく、観客を画面に釘付けにすることに成功しています。

ただ、そこからの回復モードがこれまたクドい。主人公2人の精神的回復に時間がかかるのは分かりますが、アディニアの親友が死産を経験したばかりの彼女の目の前で自身の懐妊を喜ぶ場面など、思わず「ありえねー!」と叫びたくなるほどで、この恐るべき無神経さには呆れるほかありません。また、主人公夫婦がいくらカネにも仕事にも生活にも全然困っていないほどの世俗的成功者の富裕層とはいえ、死産という辛すぎる現実を乗り越えるために、二人が親の助言をウンウン聞くだけというのはどうなのか。インドネシア社会における宗教の役割の重要性を鑑みれば、宗教に全く救いを求めようとしない、その素振りすら全く見せないともしないのは、何だかとてもウソっぽいです。いや、もちろん、劇映画だからウソなんですけど・・・。

結局最後は、めでたし、めでたしで無事着地するものの、全体の尺を短く切り込んで、インドネシア人の普通の観客が共感できるレベルのリアリティを付与すればもっと良かったのになあ、と鑑賞後に思わずにはいられませんでした。

『魔の11分』(Critical Eleven)ポスター。ニューヨークの高級マンションにイケメン旦那(あるいは美人若妻)と一緒に住むという、夢のようなゴージャスな疑似体験をしたい方には前半が、また中盤のドヨーンが苦手な方は中盤から後半をだいぶ飛ばしてラストシーン間際から再び観るのが、それぞれおススメです。imdb.com から引用。

私の批評は辛口すぎると横山さんは思われるかもしれないので、少々別の角度から本作をフォローしておきましょう。

『魔の11分』のモンティ・ティワ監督は、コンスタントに監督作や脚本作を発表している中堅の映画人です。傑出した作品は彼のフィルモグラフィーの中にまだ見受けられないと正直思います。ただし、ディズニー・プラスで独占配信された『ノナ』(Nona)と、現在Netflixで観られる『折れた翼』(Sayap-Sayap Patah)の2作品はなかなかの力作でした。

2020年配信開始の『ノナ』は、心に傷を負った自殺願望の女性ノナが、事故死した彼女の男友達オギーの魂が憑依したぬいぐるみと共に、ノアの箱舟が漂着したとされるアララト山の見えるアゼルバイジャン(飛び地のナヒチェバンにはノアの霊廟がある)まで一緒に行く、かなり風変わりなロードムービーです。シリアスドラマとコメディとロマンスが適度に混ざり合った意欲作で、海外ロケが成功した作品としてもかなり見どころがあります。

一方、『折れた翼』は、対テロ特殊部隊警察官と出産間近の妻とのラブストーリーが、自爆テロリストとのハードな闘いと並行して描かれる異色のアクションものです。

監督のルディ・スジャルウォは、日本で劇場公開されたティーンズロマンスの傑作『ビューティフルデイズ』(Ada Apa Dengan Cinta?)でよく知られているものの、2010年代以降の監督作はやや精彩を欠いていたという印象が強いです。しかし、2022年公開の『折れた翼』は夫婦の愛情ものとハードなアクションものという、結合が決して容易ではない異なるジャンルを、かなりのリアリズムをもって結合させることにほぼ成功しており、批評家からの評価も高かった作品でした(なお、女性自爆テロ犯を脇役とは言え人格のある人物としてちゃんと物語内に登場させたことに個人的にはだいぶ驚きました)。

『折れた翼』(Sayap-Sayap Patah)ポスター。甘いラブストーリーかと観客に思わせるビジュアルですが、中身は相当ハードなアクションを含みます。女性自爆テロの場面があるので、免疫のない人は要注意。imdb.com から引用。

実のところ、両作とも共同脚本作品であって、モンティ・ティワ自身の監督作品ではありません。ただ、様々なジャンルの枠組みを超えようと、彼が果敢に挑戦していることは間違いないようです。同様に、『魔の11分』にしても、いささかリアリティに欠ける冗長な作品という欠点は無視できないものの、「死産からの回復と再生」という他のインドネシア映画では取り上げたことのなさそうなシリアスなテーマに取り組んだ心意気は、積極的に擁護したいと思うのです。

新たな試みは、失敗することもあれば成功することもある、実に単純な真理です。しかしながら、そのような挑戦こそを我々インドネシア映画を応援する者は積極的に擁護し評価すべきと私は考えますが、如何でしょうか。

なお、横山さんが上記2作品を鑑賞済みでしたら、後日感想を教えていただければ幸いです。

さて、本題に入る前にもうひとつ。前回第84信で横山さんがイッキ見されたという『ジョコ・アンワルのナイトメア&デイドリーム』(Joko Anwar’s Nightmares and Daydreams, 以下N&D)のことですが、お恥ずかしいことにまだ観ることができていません。日本のNetflix でもまあまあ好評らしいとはSNSで感想を探すだけでも、ちらほら目につきます。なお、Netflix が自社配信番組につける「テレビ番組第1位」とかは大体ウソだと思います。ウソという言葉が不適切なら、昔の映画宣伝でよく見られた「煽り文句」の類であって、話半分以下で捉えておけば十分でしょう。

ともあれ、かつて第43、45、47信の3回連続でジョコ・アンワル監督論を存分に書いた者としては、是が非でも観なくてはいけないシリーズなのですが、一切の中断抜きで、横山さんが観られたのと同じく、イッキに集中して観なくてはいけないと自己ルールを勝手に作ってしまった結果、まだ観る機会がないというのが現時点の状態です。嗚呼。

ところで、N&Dという作品は、スリラーでSF色が強いということでは彼の監督2作目『その時』(Kala)を想起させますが、彼が最も得意とするホラーの雰囲気もスチル画像からは濃厚ですし、非常に期待は膨らみます。

彼の作品に幾度も出てくる描写とは、「児童虐待、嬰児殺し、胎児殺し、親殺し、自分探し」と私はかつて指摘しました。端的に言って、時にファンタジーを交えながらハードコアな現実を容赦なく観客に見せるところに彼の真骨頂があります。「不条理こそが世界の真実。この世に神様は存在しない。しかしだからこそ、条理のある世界を、因果応報を、俺自身が望んでいる」というメッセージをジョコ・アンワルは自作に込めているかのようです。

果たしてN&Dにおいても彼のメッセージに変わりはないのか、全世界一斉配信ということでより洗練された表現や描写になっているのか、個人の内面をひたすら掘り下げるだけで社会との関係が薄かった初期作から現在のような社会性をまとった作風に変化したのは一体何がきっかけだったのか。これらの疑問への答えは、N&D視聴後にこの連載で改めて考えてみたいと思います。

**********

さて、ここからようやく本題です。今回は前回取り上げた『マツの木の家族』 (Keluarga Cemara、以下『マツ』)からの流れで、同じく家族ドラマである『未来の家』(Rumah Masa Depan、以下『未来』)を論じたいと思います。劇場公開は昨年2023年12月でしたが、横山さんは未見でしょうか。もし未見なら、現在はNetflixで観ることができますので、是非一度鑑賞されることをお薦めします。

結論から先に書いてしまうと、『未来』は意外な掘り出しもの、所謂超大作の類などでは全くない小品ですが、本当に面白い作品です。適度な尺と老若男女を問わず誰でも見られる適度な描写を備えた、インドネシアを舞台にした現代版「明るい農村」(かつてNHKで20年間放送された教養番組)とでも呼びたくなる、非常に前向きで明るい話です。『マツ』よりも作品の完成度は上、私にとっては満足度も高い作品でした。

やや先走って褒めすぎましたので、まずはあらすじから簡潔に紹介しましょう。

ここから先は

6,126字 / 5画像
この記事のみ ¥ 150

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?