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[2024/12/08] いんどねしあ風土記(59):ネコのいる風景~ジャカルタ特別州~(横山裕一)

~『よりどりインドネシア』第179号(2024年12月8日発行)所収~

インドネシア、特にジャワ島の街を歩くとノラネコと頻繁に出会う。路地裏を闊歩するもの、店先や家屋の軒下で寝転ぶもの。大都市ジャカルタを中心とした首都圏でも至る所にいる。さらには彼ら、彼女らの行動は大胆ともいえるほど自由奔放である。その背景には人々が総じてネコに対し寛容でとても可愛がる傾向があげられる。ジャカルタのとあるアパート群でのノラネコと住民たちの物語。


ノラネコ天国

筆者はジャカルタ首都圏の一角、西ジャワ州デポックを始め、その後引っ越した南ジャカルタで住み続けているが、一日で見かけない日はないほど、ノラネコが多い。屋外の屋台だけでなく、食堂や入口のオープンなレストランでも、椅子に座った客の足元に来て、自らの肩口から後ろ足の腰までをくねくねと客の足に擦り付けて、食べ物のおすそ分けを催促する。大学では教室まで入り込み、講義を聞いているかは別として椅子の上で丸まって授業に参加する。

どこにでも出没するネコたち(デポック)
大学の講義にも(デポック)
売店で(デポック)
古本屋で(中央ジャカルタ)

かつて通っていた売店では、レジ横の商品ケースの上に招き猫代わりだと言わんばかりに常に寝そべり、客と店主の料金やおつりの受け渡しを横目で見守っていた。古本屋では店番かのようにうず高く積まれた古書の上に佇む。

ネコは用心深いというイメージのある日本人にとって驚くのは、ネコたちの無防備なまでの寝姿だ。四肢を伸ばして投げ出すだけでなく、中には腹を見せて仰向けの状態で寝てしまうものも多い。それも鉄道駅のホームやアパートのロビーなど人通りの多い場所でさえ一向に構わず「大」の字の姿を晒している。人が危害を加えないと信じているのか、まさに大胆な様である。商店が並ぶ狭い路地でも、堂々と寝そべる。通行者やオートバイはそれを器用に避けて通る。

場所に構わず仰向けに寝るネコたち(南ジャカルタ)

駅のホームは強い日差しや雨を避ける屋根がある上、風通しが良くて広いためか、ネコたちの格好の休憩場所でもある。一方で乗客もベンチで隣り合わせたネコを撫でて可愛がり、電車が来るとネコに見送られる。総じて人々もネコに対して寛大で、悪さをしない限り駅員や店員が追い払うこともない。

筆者が住む南ジャカルタのアパート、カリバタシティは広大な敷地に地上19階建てのアパートが17棟立ち並ぶ。地上階は全て食堂やカフェ、売店、コインランドリーなどで、中庭には小さな公園もある。住民は約1万5000人といわれているが、ここもノラネコ天国と化している。オープンスペースには必ずネコがいる。カフェで寛ぐ人はネコを見て和み、子供たちは猫と遊ぶ。まるでネコたちがアパート施設の一部であるかのように共生している。ここのネコたちも自由奔放で、夜間は冷んやりして気持ち良いのか、駐車した自動車の屋根の上に佇むものまでいる。人に慣れているせいか、カメラを向けても動じず、まるで「撮れ」と言わんばかりにポーズを変えているようでもある。

アパート群の敷地内に住むノラネコたち

アパートの敷地内で一度、人混みの中ネコが寝そべっているのに気づかず、足を踏んづけてしまったことがある。大きな叫び声をあげて走り去るネコ。「ごめん!」と思わず声を発したが、気づくと周囲の人々から冷たい視線が向けられていた。「なぜもっと気をつけないのか、ネコが可哀想」と言わんばかりで、反省とともに人々がいかにネコを大切に思っているかを改めて感じさせられた。

このようにインドネシアでは概ねネコたちは人々に温かく寛容的に扱われ、そのためか、ネコたちも無防備で自由気ままな行動をとる姿が多く見られる。まさにノラネコ天国といってもいいほどである。

ムハンマドも愛した動物

なぜこれほどノラネコが多く、人々も寛大に可愛がるのか? 聞くと多くの人たちが同じ回答をする。

「ネコはナビ・ムハンマドの愛した動物だからです」

ナビ・ムハンマド(Nabi Muhammad)とはイスラム教の預言者で、ムハンマドの言行録『ハディース』に「ネコはナビ・ムハンマドの愛した動物だった」という一文が記されている。それだけでなく『ハディース』内には、ネコは清潔で神聖な動物ともみなされていて、ネコが飲み残した水をムハンマドが礼拝前に体を清めるのに使ったとの記述もある。。

さらにはムハンマドが如何にネコを可愛がっていたかという逸話も残されている。ムハンマドはムエザと名付けたネコを飼っていて、ムハンマドが礼拝に出かけるためガウンを着ようとしたら、ムエザがガウンの上で寝ていた。このためムハンマドはネコを起こさないよう、ネコが寝ている部分を残してガウンを切り取り、穴の空いたガウンを着て礼拝へ向かったという。

このようにネコはイスラム教の教えからも神聖な動物であり、神の預言者が愛した動物であることから、多くのイスラム教徒から受け入れられているといえそうだ。インドネシアのネコ天国と同じような状況は、イスラム教徒が多く住むエジプトやトルコ、マレーシアなどでも見受けられるという。

一方、『ハディース』内でイヌは不浄な動物で、イヌが舐めた食器は7回洗い直さねばならない、と記されていることから、イヌを嫌う人が多い。インドネシアでは喧嘩などで相手を罵る時にも「犬野郎!」という言葉が使われ、ネコとイヌの対応、立場は大きく異なる。新型コロナウィルスのパンデミックの影響でペットブームが起きた際、イヌを飼うイスラム教徒も増えたが、それでもネコを飼う人がより多くいたともいわれている。

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