[2023/06/23] 続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第41~45回)(松井和久)

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。


第41回(2023年2月7日) 再び内閣改造、ナスデム党は閣外か

前回と同じ水曜日である2023年2月1日、再び内閣改造が行われるとの見方が強まったが、行われなかった。ただ、政権与党の一角を占めるナスデム党所属閣僚が更迭されるとの予想は根強く、大統領選挙候補者をめぐる政治的駆け引きが続いている様子だ。

ジョコ・ウィドド大統領は、これまでの内閣改造でも、実績評価の低い閣僚を更迭してきたが、今回もそれを第一の理由としている。たとえば、プラテ情報通信相には無線基地局(BTS)設置をめぐる汚職疑惑があり、証人として検察の取り調べを受けた。また、シャフルル農業相は昨年6月の内閣改造で更迭されそうだったが、大統領が彼に中国への20 万トンのコメ輸出を実行するチャンスを与えて延命させた。1月31 日の大統領府でのコメ流通に関する重要会議にシャフルル農業相の姿はなかった。

もっとも、実績評価の結果と額面通りに受け取る向きは少ない。直接的な理由は、2022年10 月、ナスデム党が他党に先駆けて、次期大統領候補としてアニス前ジャカルタ特別州知事の擁立を決定したことにある。ナスデム党は、野党である民主党と福祉正義党(PKS)からもアニス氏への支持を取り付けた。一方で、ナスデム党のスルヤ党首は、与党の一員としてジョコ大統領の任期終了まで現政権を支持することを党員に強く求めている。

このナスデム党のアニス氏擁立決定の後、スルヤ党首とジョコ大統領との関係は冷たくなった。大統領は与党であるナスデム党の第11 回年次党大会に出席せず、ビデオ録画での祝辞も送らず、また大統領の息子の結婚披露宴にもスルヤ党首を招待しなかった。最大与党の闘争民主党からもナスデム党に対する不満が現れ、同党所属閣僚の更迭を強く求める声が大きくなった。

ジョコ大統領は、大統領候補個人や候補を擁立する政党の話と大統領とを結びつけないようメディアに再三求めている。しかし、今も高い支持率を維持する彼が、誰を自分の後継者と位置づけるかが大統領選挙の勝敗を大きく左右することになる。そしてもちろん、彼がアニス氏を後継者と考えていないことだけは確実である。

第42回(2023年2月21日) 計画殺人事件、動機不明のまま死刑判決

2月13 日、南ジャカルタ地裁は、昨年8月に部下Yを計画的に殺害した罪で、フェルディ・サンボ元国家警察職務内部統制室長に死刑、共謀した彼の妻に禁錮20 年の判決を下した。これらは各々の求刑である無期懲役、禁錮8年を大きく上回る。翌14 日、計画殺人に関与したサンボの部下Kと部下Rにも求刑の禁錮8年を上回る禁錮15 年、13 年の判決が下された。

サンボは昨年7月、部下K、部下Rと謀議のうえ、ジャカルタの公邸で自ら手袋をしたうえで部下Yを銃殺した。その際、監視カメラを壊し、部下どうしの銃撃戦で部下Yが死亡したとの偽装を施した。計画殺人とその隠蔽(いんぺい)が警察のイメージを著しく損ねたことも判決で重く見られた。

ここで注目されるのは計画殺人の動機である。サンボと妻は、部下Yが妻に対して性的暴行を行ったことが動機と主張したが、判決では法的に証明されないとして退けられた。そして具体的な事例は示さないまま、妻が部下Yの態度に深く傷ついてきたと述べる一方、計画殺人の動機を解明する義務はないと論じた。すなわち、求刑を上回る死刑判決に至った計画殺人の動機は明らかにされなかった。

2022年12 月に成立した改正刑法では、死刑の場合は執行猶予10 年となっているが、改正刑法の施行は3年後の2025 年であり、上級審へ控訴すれば適用となる可能性はあるものの、今回は適用されない。アムネスティ、インドネシア警察ウォッチ、教会連合(PGI)などは、計画殺人の罪の重大性を認めつつも、死刑判決には反対する。しかし、法学者を含め、全般に、死刑判決を支持する意見のほうが支配的である。

サンボは「警察のなかの警察」である国家警察職務内部統制室長を務め、数々の警察官による不祥事を扱ってきた。半面、その地位を利用して、自らが賭博や違法ビジネスなど警察の闇の世界の元締めの役割も果たしていた。ブディ・グナワン国家情報庁長官やシギット現国家警察長官もこのポストを歴任し、サンボは次期国家警察長官候補だった。今回の判決により、サンボ個人が排除され、警察の闇は再び隠蔽されることになる。

第43回(2022年3月7日) 2022 年は5.31% 成長、格差解消は疑問

2月7日の中央統計局の発表によると、2022 年の国内総生産(GDP)成長率は前年の3.70%を上回る5.31%の高成長となった。産業別では運輸・倉庫業(19.87%)、宿泊・飲食業(11.97%)の成長が際立っており、人の移動の活発化や観光客の急増が高成長を後押しした。製造業の成長率は4.89%にとどまったが、前年の3.39%を上回って回復基調を示した。鉱業も前年の4.0%を上回る4.38%の成長率で、好調を維持した。

支出別では、民間消費が回復して前年の2.02%を上回る4.93%の成長を示し、高成長を下支えした。輸出も前年並みの16.28%の成長となった。不確実性が高まる世界情勢のなかで、インドネシア経済は、石炭やパーム油などの国際市況の高騰という追い風を受けたこともあり、2022 年は他国より相対的に高い経済成長を達成することができた。

地域別でみると、2022 年の成長率はマルク・パプアを除いて前年を上回った。なかでもジャワの成長率が前年の3.66%から5.31%へ上昇したことが好影響となった。さらに、観光客の戻ったバリ・ヌサトゥンガラも同じく0.07%から5.08%へ急上昇した。

注目されるのは、政府の物価高騰への対策と債務管理に見られるマクロ経済政策運営の巧みさである。2022年後半は物価高騰が止まらずに経済成長を押し下げることも懸念されたが、通年のインフレ率は想定内の5.51%に抑えた。また債務残高は、通貨ルピアが米ドルに対して下落するなか、1月時点の4,127 億米ドル(約56 兆円)から12 月には3,968 億米ドルへ減少した。外貨準備高も1月時点の1,413 億米ドルから12 月には1,394 億米ドルへ減少したが、それでも輸入の約7カ月分の水準を維持した。

ところで、年5%台の成長は貧富の格差解消へ向かわせたのだろうか。2021~2022 年の失業率や貧困人口比率はほぼ横ばいで、ジャワでは貧困人口率がむしろ増加する傾向が見られた。ジニ係数(インドネシアでは本来の所得ではなく支出で算出)をみると、国全体ではあまり変化はないが、ジョクジャカルタやバンテンでは上昇が続き、格差拡大の様子もみられる。5%成長の陰で貧富の格差拡大が進行している可能性にも注意を払う必要がある。

第44回(2023年3月21日) 裁判所が総選挙延期の判決

3月2日、中ジャカルタ地裁は中央選挙管理委員会(KPU)に対し、2024 年総選挙までの残りのプロセスを中止し、これまでに経過した2年4カ月7日をかけて総選挙プロセスを最初からやり直すことを命じる判決を行った。すなわち、裁判所が総選挙の延期を求めたのである。司法委員会は当該判決を下した裁判官の倫理規定に関する調査を行うとし、KPUは控訴した。

この判決は、総選挙参加を認められなかった人民公正繁栄党(PRIMA)という小政党がKPUの認証内容に不備があったとして裁判所へ訴えたものである。しかし、判決は多くの批判を浴びた。第1に、総選挙プロセスに係る問題の解決は総選挙監視委員会(Bawaslu)や行政裁判所(PTUN)によるもので、民事を扱う通常の裁判所が判断するのは不適当であること。第2に、たとえ民事だとしても評決は原告と被告の間の話なので、そこから逸脱した総選挙の延期という判決は成立しないこと。そして第3に、総選挙は災害などの理由以外に実施延期を認められていないこと、などである。

法律を知らないとやゆされたPRIMAだが、実は手順を踏んでいた。2022 年10 月17 日にBawasluへ訴え、その主張の一部が認められたもののKPUは改善に応じなかった。その後、11 月30 日にPTUNへ訴えて棄却されたため12 月8日に中ジャカルタ地裁へ訴えた、という経緯である。

PRIMAとはどんな政党なのか。2021 年6月設立の新党で、1990 年代後半にスハルト政権打倒で動いたかつての活動家たちが集い、左翼的と見なされた政党である民主的人民党(PRD)の系譜を受け継ぐが、最高顧問には長年諜報部門で活躍した元国軍退役将校が就いている。

PRIMAは、KPUに認証の不備を認めさせたうえでの総選挙参加を求めているのであって、実は総選挙の延期を求めていない。総選挙を延期し、大統領の任期延長をにおわせる発言は政権周辺から流れる。他方、野党、闘争民主党、イスラム強硬派などは延期に強く反対する。今回の中ジャカルタ地裁の判決は、明らかにPRIMAの要求を逸脱しており、政治性を帯びざるを得ない。

第45回(2023年4月4日) 電動バイク・電気自動車への補助金付与

電動バイクや電気自動車(EV)の普及を目指すインドネシア政府は、それらの購入価格に補助金をつける政策を準備してきた。当初、3月20 日から電動バイク、EVへの補助金付与を開始する予定だったが、電動バイクのみが先行となり、EVは4月1日から開始とされたが、付加価値税減免の支援策のみだった。

まず、電動バイクへの補助金では、同補助金付与に関する3月20 日付産業相令2023 年第6号に基づき、電動バイク購入と既存バイクの電動化転換の二つが対象となった。2023 年は前者が20 万台で後者が5万台、24 年は前者が60 万台で後者が15 万台を目標とし、1台当たり700 万ルピア(約6万2,000 円)を補助する。ただし適用される購入者は零細中小事業者、零細事業支援受益者、900 ボルトアンペアまでの電力購入者に限定され、1台1回限りの適用となる。なお、対象製品は国内部品調達率40%以上の製品に限られ、3月20日時点で「GESITS(グシッツ)」「VOLTA(フォルタ)」「SELIS(セリス)」の3製品のみだが、今後新たに10 製品が追加される見通しだ。

電動化転換の対象バイクは排気量110~150cc の1人1台のみで、作業は運輸省認定済みの21 カ所の修理工場で行い、車両証明書(STNK)の所有者名が身分証明書(KTP)と同じでなければならない。運輸省は2023 年までに全国10 都市に認定修理工場1,020 カ所を整備する計画である。

一方、延期されたEVへの補助金では、購入者に所得制限はないが、電動バイクと同様、国内部品調達率40%以上が対象で、韓国・現代自動車の「アイオニック5」と中国・上汽通用五菱汽車(SGMW)の「エアev」の2製品のみが適合する。日本車のEVは対象にならなかった。

政府はこれら補助金向けに2023 年に1兆7,500 億ルピア、2024 年に5兆2,500 億ルピアの予算を投入する。補助金付与で購入価格は電動バイクが18%オフ、EVが32%オフと予想される。EVは4月1日から購入での付加価値税が10%免除され、実質1%となった。

もっとも、2022 年の電動車の生産台数は自動車全体の1%弱、1万273 台であり、2023 年1~2月はわずか390台だった。2025 年に電動車生産40 万台という政府目標の実現は厳しい。補助金付与が零細中小業者や特定製品へ限定されたままでは、普及への呼び水としての効果はまだ弱いと言わざるを得ない。

(松井和久)

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