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[2024/12/08] 往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第93信:NYを舞台に疑似家族の形成を描く『アリ&クイーンズ』 ~イケメン男子とイブイブが家族たりうる条件~(轟 英明)

~『よりどりインドネシア』第179号(2024年12月8日発行)所収~

横山裕一様

爽やかで穏やかな秋日はあっという間に終わり、ここ最近の首都圏は完全に冬模様となりました。もうちょっと秋を楽しみたかったなあという若干の名残惜しさはあるものの、年の瀬を前に、今年も無病息災で終えられそうであることをまずは喜ぶべきでしょうか。

前回、第92信で横山さんが言及された『釣りバカ日誌4』を先日私もNetflix で鑑賞しました。画面に映る何気ない風景や登場人物たちの価値観やファッションなど、あらゆる要素からバブル景気の残り香が映画全体から漂ってきて、何とも懐かしい気持ちで最後まで観ました。1990年代は私にとってつい最近、つい昨日のことという感覚でしたが、いやいや、もう30年前なのですから既に十分昔です。さしずめ1980年代に日本映画黄金時代の50年代作品を見るようなものなのですから、懐かしくて当たり前なのでした。

先日鬼籍に入った西田敏行はアドリブ連発の名優で、脚本に書かれた台詞を平然と無視して演じていたとの追悼記事を先日読んだばかりでした。はたして、『釣りバカ日誌4』の件のインドネシア語「ビラン・アパ?」(何言っているんだ?)が聞こえてくる場面も、アドリブの可能性が濃厚ではないかと私は思いました。本筋に絡む重要な場面ではないから、アドリブがそのまま採用されたのでしょうか。ただ、西田敏行ほどの名優だったら、言葉の通じない外国人とも丁々発止のそれらしい場面を他の作品でも作り上げていたのではないか、そんな気もします。改めてご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。

ところで、30年前の日本映画である『釣りバカ日誌4』ではたまたま画面に外国人が映りこみ、思わぬところからインドネシア語がたまたま聞こえてきた、そういう印象を受けます。意外性はあるものの、2024年の現在では日本社会における在留外国人の総数は350万人を超えています。外国人が当たり前にどこにでもいる、働いている、結婚している、学んでいる、それが今の日本社会であるのなら、劇映画やテレビドラマにおいても、外国人がもっと当たり前に登場してもおかしくありません。にもかかわらず、日本人に容貌の近いコリアン系や中国系、或いは一部の白人タレントを別として、果たして外国人俳優は当たり前の存在と言えるのかどうか。正直なところ疑問ではあります。

とまあ、フィクションが現実を反映していない現状に何となく不満を抱えていたところ、NHKで『東京サラダボウル』が連続ドラマ化されるとの報道を先日知りました。来月から放映されるそうで、原作漫画全5巻を一気読みしたファンとしては大いに期待が高まります。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3b27067a039b5ac9d671e8d75c1a8d6730688ae7
黒丸「東京サラダボウル」NHKでドラマ化 奈緒&松田龍平が警察官と通訳人に

『東京サラダボウル』は警察が舞台のバディものなのですが、これまでの警察ものとの最大の違いは、警察通訳人が主人公である点です。残念ながら物語内にインドネシア人は登場せず、インドネシア語も使用されないのですが、しかし実際に通訳の現場を知っている私から見て原作の描写はかなり正確で、早い話「あるある」感満載なのでした。

インドネシアでも視聴可能なNHKワールドで見られるのか未確認ですが、もし機会があれば横山さんも是非ご覧になってみてください。そして、願わくば来年以降はインドネシア出身の俳優が当たり前のように日本の映画やテレビドラマに登場しますように。

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では、今回の本題に入りましょう。

前回予告の通り、今回取り上げるのはラッキー・クスワンディ監督作品『アリ&クイーンズ』(Ali & Ratu Ratu Queens)です。脚本はこれまで何度も取り上げてきたギナ・S・ヌル。英語タイトルに入っている「クイーンズ」とは、ニューヨークの下町地区のことです。ご存じ、スーパーヒーローのスパイダーマンが生まれ育ち活躍するホームでもあります。そして、Ratu はインドネシア語で「女王」のことですから、より正確な日本語題名は『アリとクイーンズの女王たち』と言ったところでしょうか。

『アリ&クイーンズ』 ポスター。コロナ禍の2021年7月にNetflixにて全世界一斉配信。
日本語字幕つき。imdb.com から引用。

これまでの連載の流れで本作も「家族もの」として紹介したいのですが、ただ通常の「家族もの」とはだいぶ違う、言わば変化球なのが本作の一番の特徴でしょう。まず、冒頭は「母もの」のスタイルで始まります。秋から冬にかけてのニューヨークが舞台ですから、「海外ロケもの」あるいは「観光もの」の要素も色濃いのですが、最終的には「家族もの」として幕を閉じます。

あえて本作を一言で要約するならば、ポスターが示すように、イケメン男子が異国でイブイブ(おばさん)4人組に囲まれて家族をつくってハッピーになる、そんな話です。雑な要約ではありますが、同様の類似作品があるかと考えてみると、意外と存在しない、かなりユニークな作品です。まずはあらすじを紹介してみましょう。

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主人公は高校を卒業したばかりらしいアリ(イクバル・ラマダン)、父親は心臓発作で亡くなったばかりです。遺品を整理していると、幼い頃に別れたままの母ミア(マリッサ・アニタ)の手紙と航空券を見つけます。ミアは歌手になるという夢を叶えるために単身渡米、幼かったアリと夫は後から呼び寄せるつもりでしたが、長すぎる別居生活に互いがストレスを抱え離婚していたのでした。それから一度も母と再会していないアリは、親族を交えた中での家族会議で母に会うためにニューヨークへ渡航する意志を告げますが、みなから反対されます。とりわけ母親不在のアリを最も親身に助けてくれた叔母スチ(チュ・ミニ)は強く反対し、アリにはちゃんとした大学へ行き、ちゃんとした大人になって欲しいと諭しますが、使われることのなかった航空券のことで心残りのあるアリは自分の意志を貫くことにし、期間限定という約束でニューヨークへ出発します。

ニューヨークに到着したアリは、母ミアのかつての住所を訪ね、現在の住人であるインドネシア人の中年女性たち(イブイブ)4人組と知り合い、物価の高いニューヨークで所持金を節約するために、成り行きで彼女らと同居することになります。4人はそれぞれ豊かな個性の持ち主でした。几帳面な掃除婦のパーティー(ニリナ・ズビル)、だいぶ怪しい仕事をしているパパラッチのビヤー(アスリ・ウェラス)、シングルマザーで株取引をしているアンチェ(ティカ・パンガベアン)、精神世界に凝っているマッサージ師のチンタ(ハッピー・サルマ)。彼女たちはイブイブらしいお節介精神を発揮して、初心でイケメンのアリの母親探しを助けてくれることとなり、アリは母ミアと再会を果たすのですが・・・。

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