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[2024/01/07] ジャワの龍の話(太田りべか)

~『よりどりインドネシア』第157号(2024年1月7日発行)所収~

新年おめでとうございます。

2024年は甲辰の年。ということで、ジャワの龍の話をいくつか覗いてみたい。

龍はインドネシア語では「ナガ(naga)」で、この語の起源はコブラを指すサンスクリットのnāgáだと言われている。インドの蛇神・水神あるいは地底に棲む半人半蛇のNāgaでもある。西洋の龍ドラゴンは四つ足で翼があるトカゲ型のものが一般的だが、東洋の龍は長い体を持つヘビ型のものが多い。中国や日本の龍は、体はヘビ型でも足があるものが多く、水と深い関係があるが、空も飛ぶ。

一方、ジャワの龍は、よりインド寄りのようで、足があるものもあるが、足のないヘビ型が多いといわれている。地底の世界のシンボルで、やはり水と深い関係があり、空は飛ばない。だが、頭部の形状については中国の龍の影響が多くみとめられるという。ジャワの龍は、インドと中国とジャワの土着信仰・文化のハイブリッドの産物だといっていいだろう。足についても、マジャパヒト朝のものとされる耳飾りには、インドと中国の龍のハイブリッドのような二本足のものが見つかっている。

東ジャワの二本足の龍の耳飾り(13~15世紀)
Ibbitson, H.: Court Arts of Indonesia. New York 1990, fig 115/no 57. Royal Tropical Institute, inv. no. 1771/8.(https://www.hubert-herald.nl/IndoMajapahit.htm より)

また、ジャワの龍の特徴のひとつとして、頭に冠を戴いているものが多い。冠の形状はさまざまだ。龍の頭に冠が描かれるようになったのはマジャパヒト朝以降だと考えられている。

ジョグジャカルタ王宮の龍の装飾
Oleh Photo by CEphoto, Uwe Aranas or alternatively © CEphoto, Uwe Aranas, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=42935404
クディリの龍の彫刻(コブラに近い)
Oleh Isidore van Kinsbergen - Leiden University Library, KITLV, image 28238 Collection page Southeast Asian & Caribbean Images (KITLV), Domain Publik, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40500475

ワヤンの中の龍

ジャワの龍は守護のシンボルで、門や扉などに龍の彫刻が施されることが多いという。ワヤンに登場する龍アンタボガも、やはり守護者としての役割を担っている。アンタボガは地底の世界を司る神で、地底の第七界に宮殿を構えている。普段は人の姿をしているが、怒りを発すると巨大な龍蛇に変身する。龍蛇になった姿は、冠を戴き、黄金の首飾りを着け、赤い服を着ている場合もある。翼がある場合もない場合もある。

アンタボガ
Oleh Wayangprabu.com - http://wayangprabu.com/galeri-wayang/tokoh-mahabarata/wayang-a/antaboga/, Domain Publik, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21789614
赤い服を着たアンタボガ(スラカルタのワヤン) https://blvckshadow.blogspot.com/2010/03/antaboga-sang-hyang.html

アンタボガは千年に一度脱皮する。特殊能力としては、まだ冥界に達していない死者を蘇らせることのできる聖水ティルタ・アメルタを持っていること、なににでも変身できる術アジ・カワストラムの使い手であることだ。この聖水と変身術を手に入れたのは、アンタボガがまだ若く常に龍の姿をしていたころのことだ。

あるとき、神々が聖水ティルタ・アメルタを手に入れるために海底に穴を掘ろうとした。神々はマンディラ山を引き抜いて大洋に持っていき、逆さまにして海底に突き刺し、それを回転させて穴を掘った。ところが神々は、その逆さまにした山を海底から引き抜くことができなかった。山を引き抜かなければ、聖水は手に入らない。神々が困っていたところへ若き日のアンタボガがやって来て、長い体を山に巻きつけて海底から引き抜き、その山をもとあった場所に戻した。こうして神々は聖水を手に入れ、アンタボガも聖水の持ち主となった。

またあるとき、若き日のアンタボガが口を開けたまま瞑想していると、光が飛んできて口に入った。そこへ神々の世界の支配者バタラ・グルがやって来て、今こちらの方に飛んできた光はどこへ行ったかとアンタボガに尋ねた。アンタボガは、光を発して飛来して口に入った小筥チュプ・リンガマニックを、大切に扱うようにと念を押しつつバタラ・グルに手渡した。この小筥は、神々の世界を平穏に保つ効能の詰まった貴重なものだった。

このふたつの功績によってアンタボガは神の称号サン・ヒャンを与えられ、地底の世界の支配を任されるようになった。また、なににでも変身できる術アジ・カワストラムも与えられた。

ワヤンのポピュラーな演目のひとつ『バレ・スゴロゴロ』で、アンタボガはこの変身術を使って、危機に瀕したパンダワ五兄弟とその母クンティを救う。パンダワ五兄弟と対立するコラワ一族は、パンダワたちを騙して山荘に泊まらせる。その山荘の壁は燃えやすい素材でできていて、中には火薬様の物質が仕込まれていた。コラワ一族は、パンダワたちがそこで眠っている間に山荘に火をつけて焼き殺してしまおうと目論んでいたのだが、その企みは事前に漏れて、パンダワ五兄弟のひとりビマに伝えられる。ビマに伝えたのはだれか、パンダワたちがどうやって山荘から脱出したのかについては、いくつかのバージョンがあるらしいが、ジャワの古典ワヤンではおおかた神々の世界の支配者バタラ・グルの右腕であるナラダ神が天界から降りて来て、「火の手が見えたら、すぐに兄弟と母を連れて、白いガランガン(ジャワマングース)が走っていく方向に逃げるように」とビマに伝えることになっている。

さて、火の手が上がって山荘が燃え始めると、白いガランガンが現れて、ある穴の中に走り込んだ。ビマは兄弟たちと母を連れてその後を追い、アンタボガが支配する地底の世界に逃げ込んで難を逃れた。その白いガランガンはアンタボガが変身した姿だったのである(アンタボガが息子にガランガンに姿を変えてパンダワたちを導くよう命じた、とするバージョンもある)。

ビマはアンタボガの娘ナガギニを妻とし、ふたりの間に長男アンタレジャが生まれる。このアンタレジャはインドの『マハーバーラタ』には登場しない、インドネシアのワヤンのオリジナルキャラクターだ。アンタレジャの持つ力は強大で、唾をかけるだけでだれでも殺すことができた。だれかの足跡をアンタレジャが舐めただけで、その足跡を残した者は死んでしまうほどだった。

パンダワとコラワの最終決戦バラタユダが近づくにつれ、天界の神々は混乱に陥った。アンタレジャが参戦すれば、あまりにも強すぎて敵を皆殺しにしてしまい、神々の予言の書に書かれた通りにならないからだ。その予言の書の内容を知ったクレスナ神は、自身はパンダワの味方をすることになっていたものの、策を弄してアンタレジャを間接的に殺害することにする。クレスナはアンタレジャに「パンダワたちの栄誉のために犠牲となる覚悟はあるか」と尋ね、アンタレジャが「ある」と答えると、アンタレジャに自身の足跡を舐めるように命じたのである。このように、オリジナルの『マハーバーラタ』には登場しないワヤンのオリジナルキャラクターたちは皆、辻褄あわせのためにバラタユダが勃発するまでに命を落とすことになっているそうだ。

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