[2024/07/23] 続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第70~73回)(松井和久)

~『よりどりインドネシア』第170号(2024年7月23日発行)所収~

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えると思いますので、ご活用ください。


第70回(2024年4月23日) 村落法改正と総選挙・大統領選挙

3月28 日、国会は村落法(法律2014 年第6号)の第2次改正案を可決し、即時施行された。改正法では20 項目の条文が改訂された。たとえば、村長の任期が1期6年・最長3期から1期8年・最長2期となったほか、村落資金(Dana Desa)が、県・市予算における特別配分金(DAK)を除く中央からの県・市向け均衡資金(Dana Perimbangan)の最低10%だったのが、一般配分金(DAU)と歳入分与金(Dana Bagi Hasil)の最低10%へ変更された。

村落法の改正は2019 年頃から要求されてきた。2020 年3月末の第1次改正の後、村長の任期を1期9年・最長3期とすることや、国家予算の10%を村落資金に充てることなどを要求したが、国会の反応は鈍く、村長らは2023 年1月から国会前でデモを重ね、圧力をかけてきた。それが同年6月から事態は急に動き始めた。村落法改正は国会優先事項でなかったのに、わずか2週間で4回の会議を経て、国会内の作業委員会では、村長の任期を1期9年・最長2期とすることや、中央から県・市への均衡資金の最低20%を村落資金に充てることなどで全会派が合意した。

また、国会での法律の審議過程は通常、国民から見えにくいが、村落法改正の審議過程は公開され、審議に参加した国会議員の自己紹介や2024 年総選挙での選挙区も明示した。これは明らかに、村落法改正を求めてきた村長に対して、議員自身や所属政党の貢献をアピールすることが目的だった。総選挙キャンペーン期間にもかかわらず、国会は村落法改正審議を続け、投票日直前の2024 年2月6日、村長任期の1期8年・最長2期などの最終改正案を固めた。

ここで村落法改正の流れと大統領選挙へ向けたジョコ・ウィドド大統領の動きとを比べてみる。村長らが国会前デモを開始した2023 年1月、ジョコ大統領は3選の可能性を闘争民主党メガワティ党首に否定された。闘争民主党がガンジャル氏を大統領候補に4月に指名後、6月に村落法改正の国会審議が急展開した。そして大統領選挙でのプラボウォ=ギブラン組勝利に村長が大きな役割を果たした。村落法改正と総選挙・大統領選挙は同時進行していたのである。

第71回(2024年5月7日) 異議申し立て却下、次期正副大統領確定

祭りは終わった。アニス=ムハイミン組とガンジャル=マフド組がおのおの提出した大統領選挙結果に対する異議申し立ては、4月22 日、憲法裁判所によって却下された。その後すぐ、中央選挙管理委員会(KPU)はプラボウォ=ギブラン組の勝利を確定し、次期正副大統領が決定した。

憲法裁には、スリ・ムルヤニ財務相など4閣僚も証人として出廷し、社会的支援(Bansos)を通じた選挙への政府介入のいかんなどが議論された。スリ財務相は、ジョコ・ウィドド大統領が配った支援金はBansosではなく大統領活動資金であると説明した。結局、8人の裁判官のうち3人が異議申し立てを認める「反対意見」を公に提示したものの、異議申し立ては証拠不十分として却下された。もっとも、憲法裁へ異議申し立てを行った両陣営は、当初から勝てないと踏んでいたふしがある。そもそも、憲法裁判断のおかげでジョコ大統領の長男ギブラン氏は副大統領候補になれたのであり、その自らの判断を覆す可能性はゼロに近い。

他方、勝利したプラボウォ=ギブラン陣営は、閣僚ポストを餌に、敗北した両陣営の支持政党の取り込みを図ってきた。その結果、アニス=ムハイミン組を推したナスデム党や民族覚醒党などが次期プラボウォ政権へ加わる意向を示した。プラボウォ=ギブラン陣営の政党は、他党の新規参入で獲得閣僚ポスト数が減ることを警戒している。一方、ガンジャル=マフド組を推した闘争民主党も新政権への参画が打診されているが、同党が野党になるかどうか注目されている。

4月30 日付『コンパス』掲載の世論調査結果によると、今回の憲法裁判断は、アニス=ムハイミン組とガンジャル=マフド組で抵抗感が根強いものの、全体的に受け入れる傾向にある。また、一時注目された国会でのアンケート権確立も、敗北した両陣営が遂行する動きはない。ジャカルタなどで憲法裁判断への抗議行動は続くが、大規模化する気配はない。民主主義の敗北、という諦めの声さえ聞こえてくる。

今や、政党の関心は国会・地方議会選挙の得票結果をめぐる政党間の確執へ移っている。憲法裁への異議申し立ては続く。

第72回(2024年5月21日) 無償給食計画は頭痛の種

次期プラボウォ=ギブラン政権の目玉政策は、子供向け無償給食の実施である。インドネシアが先進国入りを目指す2045 年までに人材開発を果たすには、子供の栄養状態の改善が不可欠で、とくに発育障害児を減らす必要があるとしている。それにはむしろ母親の栄養改善のほうが先決との議論もあるが、全国8,290 万人の学校の全児童生徒に栄養ある昼食と牛乳を提供するこの計画は2025 年度予算へ計上されるため、政府内で大きな頭痛の種となっている。

計画では、子供1人につき1回1万5,000 ルピア(約146 円)かかるとの前提で、2025~2029 年の5年間で段階的に実施される。都市部ではケータリングや学食への補助やバウチャー、村落部では炊き出しといった形態が想定され、すでにタンゲラン県やプルワカルタ県などで試行中である。計算上、年間で米6,770 万トン、鶏肉120 万トン、牛肉50 万トン、魚肉100 万トン、その他大量の野菜・果物が必要となり、これらの生産者を喚起する。加えて、年間400 万キロリットルの牛乳が必要となるが、国内供給では足りず、約210 万頭の乳牛を輸入しなければならないと試算される。

これらの予算は年間450 兆ルピア程度と推計されるが、これをどのように捻出できるのだろうか。プラボウォ次期大統領は、他の予算の節約等で捻出可能としているが、現実は相当に困難である。国家開発企画庁は、電力や液化石油ガス(LPG)向け補助金から一部移す可能性を考えるが、それは価格転嫁につながる。また、学校運営支援金(BOS)からの流用の可能性も考えられたが、予め使途が定められているため容易ではない。無償給食以外にも、新政権の閣僚ポストを現行の34 から40 へ増やす法改正を進めるほか、新首都移転もあって、歳出は大幅な増加が確実で、財政赤字を対国内総生産(GDP)比3%以内に抑える財政規律が保たれるかどうか不安が強まっている。

そんななか、汚職撲滅委員会(KPK)は無償給食計画のモニタリングを開始した。予算額が非常に大きく、業者や炊き出しなどへの資金のバラまき、乳牛輸入など汚職の可能性が想起されるからである。果たして、無償給食は本当に実施できてしまうのだろうか。

第73回(2024年6月4日) 憲法裁法と放送法の改正問題

10 月のプラボウォ政権発足を前に、政府と国会は今、2つの法律改正を急いでいる。それらは憲法裁判所法と放送法である。

憲法裁判所は、ジョコ・ウィドド大統領の長男ギブランが年齢制限以下でも地方首長経験があるとの理由で副大統領候補への立候補を認めた判断で、長官が大統領の義弟だったこともあり、議論を引き起こした。今回の4回目の法改正での注目点は、裁判官の年齢制限と任期である。

これまでに裁判官の最低年齢は40 歳、47 歳、55 歳と変更され、定年も67 歳から70 歳へ延長された。任期も当初の3年から2年半、5年と変更され、条件を満たせば、更新して最長15 年務めることが可能となった。さらに今回の改正案で注目されるのは第87 条で、在任5年以上 10 年未満の裁判官が推薦元(最高裁、大統領、国会)による進退に関する再評価を受ける点である。ただし、在任10 年以上ならばこの再評価は受けない。現在の憲法裁裁判官で在任5~10 年に該当するのは2人で、いずれも4月22 日に大統領選挙で敗れた2陣営による選挙結果への不服申立を憲法裁が却下した際、反対意見を述べた裁判官である。これまでの年齢制限や任期の頻繁な変更を踏まえ、知識人からは憲法裁への政治介入と強く批判されている。

一方、放送法の改正案は、報道や表現の自由を制限するとして批判を受けている。まず、放送内容基準では、ホモセクシュアル、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)に関係する内容は禁止される。同時に、ドキュメンタリーなどでの調査報道に基づく特別番組の放送も禁止となる。次に、これまでテレビやラジオを監視してきた放送委員会(KPI)がデジタルコンテンツも監視対象とする。政府は、報道協議会(Dewan Pers)と同様の紛争解決機能を持つソーシャルメディア協議会(Dewan Media Sosial)を設立予定である。なお、今回の放送法改正案には、民主化と同時に施行され、検閲を廃止した1999 年報道法が参照法として含まれていない。

2つの法律改正は、大統領選挙を通じた権力側の学習の反映でもある。新政権がより民主的となる可能性はない。

(松井和久)

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