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「終わった恋」は記憶の中で美化され、その後永遠に劣化しない
かつて会社の同僚に、Aさんという40代半ばの独身女性がいた。綺麗で感じの良い人だったから、きっと彼女のことを好きになる人は多かったろう。なぜ独身のままなのか、誰もが不思議に思っていた。
ある時みんなで飲みに行き、流れで恋愛の話になり、誰かが寄った勢いで「どうして結婚しなかったんですか?」と不用意にAさんに尋ねた。
「私ね、どうしても忘れられない人がいて、それで、どうしても次の恋に踏み出せなかったのよ」
俯いたAさんはそう答えると、ワンワンと泣き出した。その後すっかり酔いつぶれてしまったAさんを、みんなで抱えるようにして帰ったことをよく憶えている。
Aさんはその後定年まで会社に勤めて、数年前に静かに退職した。今でも独身のままだと聞く。
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僕も20代の前半だった頃には、人並みに恋をしたことがある。遠距離になって自然消滅した恋もあれば、こっぴどく振られた恋もあった。
結構しっかりと熱愛した後の「別れ」はかなり痛い。特に振られた場合はなおさらだ。なかなか癒えないし、その後もズルズルと引きずってしまう。だから、Aさんの気持ちはなんとなくわかるような気がした。死別ならば愛し合った関係そのものは崩れ去らないが、振られるなると話が違う。「あなたは私にとって無価値なりました。これ以上一切の関わり合いも持ちたくありません」と宣告されるのと同じことなのだ。
それでも多くの人はそれぞれの恋愛をなんとか成仏させて次へと移っていく。しかし、誰しもがそんなにうまく切り替えられる訳でもない。中にはストーカーに成り果ててしまう人さえもいる。僕がまだ20代の頃、失恋の直後に自殺してしまった仕事仲間もいた。「バカだなあ。人口の半分は女なのに」なんて言い合ったが、本当にバカだと思っている奴なんて誰もいなかった。みんな怒ったような顔をしていた。
恋愛は薬物中毒と同じ?
そう。恋愛というのは狂気と紙一重だ。「ロミオとジュリエット」は愛の物語として語られることが多いが、よくよく考えてると主人公2人の行動は狂気の沙汰でしかない。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの神経生物学者、アンドレアス・バーテルズとセミール・ゼキが、恋愛中の人の脳とコカイン中毒者の脳をMRIでスキャンして比較したところ、両者にこれといった違いはなかったという。恋愛中は多幸感に包まれるし、デートを終えた1時間後にはまた電話で喋っているような有様だが、あれは要するに薬物中毒者が薬物に執着するのと同じことかもしれない。では失恋のショックは一体何だろうかと考えると、要するに禁断症状なのかもしれないのだ。そう。僕らが恋愛と呼ぶ一連の体験は、脳内の化学反応にすぎないだ。
もしも人間が恋愛しなかったら、あまりにつまらなすぎる
こんなふうに言ってしまうとなんだか身も蓋もない話だが、でも、もしも「恋愛」という名の脳内化学反応がなかったら、幾多の文学作品も映画もドラマも生み出されなかっただろう。恋愛模様というのは幸せに溢れ、それでいて、物悲しく、切なくもある。だから、そこにドラマや映画や歌が生まれる。そして最近、知り合いのバーのマスターが恋愛小説を出版したのだ。
結論から言うと、とてもよかった。
この小説には、20ほどの短編が収められている。別れ話もあれば、新しい恋の話もある。過去の恋を懐かしむ話もある。きっとどの年齢の人が読んで、刺さる話があるのではないかと思う。
そして、小説の最後の締めくくる短編は、著者の林伸次さん自身の恋愛話だ。そしてこの話が一番刺さった。本を閉じた時に涙が滲んでいて、自分でもちょっと意外だった。「終わった恋」は記憶の中で美化され、その後永遠に劣化しない。切ない思い出は、永遠に切ないままなのだ。
そしてAさんを思い出した。
あの日の夜、まるで幼子のように泣きじゃくっていた彼女は、今でもずっと昔に別れた彼氏のことを想い続けているのだろうか? それとも、どこかで終止符を打てたのだろうか?
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